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書面
主張 (原告) | 甲号証 | 主張 (被告) | 乙号証 |
---|---|---|---|
訴状 | 甲第1号証の1 (被告S会ホームページ) |
答弁書 | 乙第1号証の1 (契約書) |
原告準備書面(1) (主張) |
甲第1号証の2 (被告S会ホームページ) |
被告第1準備書面 | 乙第1号証の2 (重要事項説明書) |
原告準備書面(2) | 甲第2号証 (死亡診断書) |
被告第2準備書面 | 乙第2号証の1~2 (コンビニ事件報告) |
原告求釈明申立書 | 甲第3号証 (消防局の回答書) |
被告第3準備書面 | 乙第3号証 (証拠) |
原告準備書面(3) (主張) |
甲第4号証 (通知書) |
被告第4準備書面 | 乙第4号証 (事故報告) |
原告準備書面(4) | 甲第5号証 (郵便物配達証明書) |
被告第5準備書面 | 乙第5号証 (施設平面図) |
原告準備書面(5) | 甲第6号証 (辞任通知書) |
被告第6準備書面 | 乙第6号証 (扉の写真) |
原告準備書面(6) (主張) |
甲第7号証 (25/12/03 ご連絡書) |
被告第7準備書面 | 乙第7号証 (個人ファイル) |
原告準備書面(7) (命の平等と主張) |
甲第8号証 (26/01/24 ご連絡書) |
被告第8準備書面 | 乙第8号証 (短期入所時個人ファイル) |
原告準備書面(8) (主張) |
甲第9号証 (債権譲渡通知書) |
乙第9号証 (個別支援計画書) |
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原告準備書面(9) | 甲第10号証 (戸籍) |
乙第10号証 (ケース記録) |
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原告準備書面(10) | 甲第11号証 (戸籍) |
乙第11号証 (施設立面図) |
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原告準備書面(11) | 甲第12号証 (戸籍) |
乙第12号証 (扉の写真) |
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甲第13号証 (弔慰金支払いのハガキ) |
乙第13号証 (議事録) |
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甲第14号証 (18年短期入所サービス契約書) |
乙第14号証 (投薬記録) |
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甲第15号証 (施設サービス利用契約書) |
乙第15号証 (証拠) |
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甲第17号証 (証拠・厚生労働省の運営基準) |
乙第16号証 (証拠) |
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原告準備書面(16)※最終準備書面 | 甲第18号証 (証拠・厚生労働省のリスクマネジメント http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/04/h0422-2.html) |
乙第17号証 (通知書) |
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甲第21号証 (証拠・川崎和代先生の論文 生命価値の平等について) |
乙第18号証 (証拠・判例) |
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甲第22号証 (証拠・判例) |
乙第19号証 (証拠・判例) |
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原告証拠説明書(1) | 被告証拠説明書 H26.10.01 | ||
原告証拠説明書(2) | 被告証拠説明書 H27.03.04 | ||
原告証拠説明書(3) | 被告証拠説明書 H27.06.09 | ||
原告証拠説明書(4) | 被告証拠説明書 H27.07.29 | ||
原告証拠説明書(5) | 乙第20号証 | ||
原告証拠説明書(6) | 被告証拠説明書 H28.09.08 |
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原告証拠説明書(7) | 乙第21号証 (施設Hからスーパーまでの地図と経路と所要時間) |
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甲第23号証 (強度行動障害とは) |
乙第22号証 (施設長HR氏の陳述書) |
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甲第25号証 (荒木照世陳述書) |
乙第23号証 (職員SY氏の陳述書) |
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甲第26号証 (吉村良一・不法行為法) |
被告証拠説明書 H28.03.09 |
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甲第27号証 (判例) |
被告上申書 H29.04.14 |
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甲第28号証 (半田支部判例) |
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甲第29号証 (大阪地裁記事) |
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甲第30号証 (野沢和弘講演録) |
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原告証拠説明書(8) | |||
原告証拠説明書(9) | |||
————双方の主張ハイライト————
「訴状」
請求の原因
第1 当事者
訴外鶴田早亨(「つるたはやと」。昭和59年6月22日生。)は、先天性の自閉症があり、 H の入所利用者であった。
原告は、早亨の兄である。
第2 早亨の人生
1 家族構成
平成7年8月,早亨の両親は離婚した。
2 経歴
平成 8年 小学部卒業
平成12年 中学部卒業
平成15年 高等部卒業
養護学校卒業後,早亨は社会福祉法人 O 福祉会の知的障害者授産施設「 HT 」に3年ほど通所した。
平成18年7月,以下に述べる理由により,早亨は被告の経営する H に入所した。以降,本件事故が起きるまで早亨は H を入所利用していた。
3 H に入所した理由
平成14年ころ,好美に乳ガンが見つかった。そのため,好美自身の治療も必要になった。
平成18年ころ,好美のガンが再発した。そのため,早亨の面倒を十分見ることができなくなってきた。
そこで,早亨を預ける施設を探し始めた。好美にとっては苦渋の選択であった。本当は好美は自分で世話したかったのだろうと思われる。しかし障害者の早亨にとっては専門の施設で早く落ち着いて生活できることが本人の幸せなんだと好美は自分に言い聞かせているようだった。また,もう一つは,自分の死後,原告の負担を軽減するという目的もあったものと思われれる。
いくつか施設を見て回ったが,最終的には,平成18年7月,早亨は自宅に近い H に入所することとなった。
4 入所者の家族と施設側との関係
入所時の面談やその後の懇談会などで,好美と原告は,早亨の性格や行動について詳細に説明した。早亨は世話をしている者が目を離すとすぐにどこかに行ってしまうことがよくあり足も速いことから,「目を離さないで欲しい。」ということを特に繰り返し要望した。
しかし,要望や質問をしても納得の出来る答えがかえってくることはほとんどない。子どもをどこかに預ける保護者には多かれ少なかれこのような悩みがあるが,障害者施設の場合,より深刻である。
その後,現場の責任者になった HR 氏も,保護者の話を聞いても「わかった。わかった。」と言うが,話を真剣に受け止めようとはしなかった。懇談会や遠足等の度に好美や原告は,早亨の生活面についての注意点を説明したが,何年経っても被告の対応状況は変わらなかった。 HR は「○○人に1人という体制でみておりますので,早亨さんにつきっきりには出来ません。」とか「早亨さんだけ特別扱いには…」などと言っていた。
保護者としては,施設側に直接言い過ぎると施設から子供への印象が悪くなることが心配されるし,全く何も言わないと施設の問題点を指摘することができず問題点が改善しない。
このような事情のため,好美と原告も施設への対応に悩んでいた。
5 1回目の抜けだし
本件事故の数年前,早亨は,日課である散歩中にどこかへ行ってしまったことがある。
現場責任者である HR は好美に対して,「早亨君が勝手にコンビニのお菓子を食べた。そんな行動をするなんて,聞いていない。」と怒った口調でしかった。
一方で,このとき施設側の管理に問題がなかったのかという検討は全くなされなかった。
6 母の死亡
平成24年5月15日,母好美はガンのため死去した。
その後は,原告が早亨の面倒をみることになった。
第3 本件事故の経過
1 本件事故
平成25年3月22日,早亨は,施設を抜け出して外部に出た。そして,施設近くにあるスーパーマーケット(アピタ)に行き,そのテナントの一つであるミスタードーナッツに陳列してあったドーナッツを食べて喉につまらせた。その後,救急車で病院に運ばれたが,その日のうちに死亡した。
2 原告が駆けつけたときの状況
救急隊が到着した時,すでに早亨は心肺停止状態だった。救急隊が詰まった食べ物を出来る限り取り除いたが意識は戻らなかった(甲第3号証)。原告が連絡をもらったのは,早亨の搬送先の病院がまだ決まっていないという段階だった。
第4 事故後の経過の概要
1 葬儀など
2 事故状況説明会
被告側の態度には,反省も謝罪の気持ちも全く感じられなかった。
3 第1回目の話し合い
4 第2回目の話し合い
逸失利益を含めて1800万円,治療(限度8400円)葬儀費用(限度60万円)は実費を支払うとの提案があった。そして,「これが最終回答」と述べた。
5 通知書の発送
6 被告の回答
7 交渉
その後,双方の代理人間において交渉が行われた。しかし,双方の主張の隔たりが大きく,合意に至ることはできなかった。
第5 責任原因
1 債務不履行責任
被告は,原告及び早亨に対して,入所利用者である早亨の必要な保護を行い,その生命,身体の安全確保に配慮する安全配慮義務を負担している。
被告の回答書(甲第8号証)記載の内容を前提としても,少なくとも,次の点で被告には入所者に対する安全配慮義務違反が認められる。
(1)目を離さないようにと言われているにもかかわらず,担当職員が早亨から目を離したこと。
(2)早亨が出入り口付近にいたにもかかわらず,扉の開閉時に利用者が抜け出さないよう人を置くなどの配慮を怠ったこと。
(3)以前にも同じようなことがあったので,抜け出した早亨が食べ物が並んでいるお店に行くことは容易に推測できたにもかかわらず,コンビニやスーパーを探すのが遅れたこと。
2 不法行為責任
早亨は,被告の事業の執行につき,死亡したものであるので,被告は民法715条に基づく責任を負う。
第6 損害額
1 早亨に生じた損害
(1)逸失利益 金4163万3792円
(2) 慰謝料
早亨は自らの重度の障害と直面しながら,必死に生きてきた。早亨の人生にはまだ無限の楽しさと豊かさが待っていた。その豊穣な可能性をわずか28歳の若さで失ったその精神的苦痛は察してあまりある。よって早亨の生じた慰謝料は2500万円をくだらない。
(3) 合計
以上により,早亨に生じた損害は6663万3792円となる。
2 相続
3 近親者固有の慰謝料
原告は,好美に代わって早亨を面倒見ていくことを決意していたにもかかわらず,好美の死後1年もたたずに,早亨が亡くなったことにより,原告が被った精神的苦痛は人生を喪失したに等しく計り知れない。よって,原告の近親者固有の慰謝料としては300万円を下ることはない。
4 弁護士費用
5 損害
6 既払い金,損益相殺
7 最終の請求額
第7 本件の提起する本質
1 問題の提起
本件訴訟において原告らが提起する問題の本質は,知的障害があり,自閉症であることを理由にこの世にたった一人しかいないかけがえのない個性をもった亡早亨君の生命が奪われたことに対する損害賠償額が通常人の4分の1に満たないとする被告主張の不当性を根源から問うことにある。
死亡事故は決して取り返しがつかない。死者を返してほしいという遺族の願いは,この世で最も不条理に拒まれる不可能な願いの一つである。違法に奪われた命に対する取り返しがつかないまでも,せめてもの償いが現行法では損害賠償の形を取る。
いうまでもなく,賠償の対象になっているのは,違法に奪われた命そのものであり,命そのものに対する原状回復に代わる賠償である。命に対する補償がその本質であることは異論があるまい。だとすれば,命に対する賠償額が,その属性によって左右されること自体,本質的な問題がある。これは個人の尊厳を基本的人権の根底に置き,合理的理由のない差別を禁止する憲法の価値観と深く関わる問題である。
被告の姿勢は,知的障害者の命は,通常人以下にしか値しないと宣言するに等しいのである。
被告「答弁書」
第1 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する
2 訴訟費用は原告の負担とする
との判決を求める。
第2 請求の原因に対する認否・主張
1
2
(1)
(2)
(3)
(4) 4「入所者の家族と施設側との関係」について
ア.入所時の現場責任者が YS 理事であったこと、その後 HR 職員に変更されたことは認め、その余の事実は不知、意見は争う。
イ.亡早亨の保護者(原告、母)との面談時、保護者らは被告に対し、亡早亨に対しては職員が常にマンツーマンで対応してほしい旨を要望していたが、多数の利用者がいる施設ではそのような対応は難しい旨をその都度説明し、理解を得ている。
(5) 5「1回目の抜けだし」について
ア.HR が亡早亨の母を叱ったこと、施設側の管理に問題がなかったか検討がされなかったことは否認する。
イ.亡早亨が散歩中に入所者の集団を抜け出したことは、 H で設置しているヒヤリハット委員会に当日中に報告がなされ、要因分析、その後の是正処置について検討し、是正処置は翌平成23年6月30日に完了報告がなされるまで徹底され、同様の事例は発生しなかった(乙2-1)。
3 第3「本件事故の経過」について
(1)1「本件事故」は概ね認める。
4 第4「事故後の経緯の概要」について
(1)
(2)
ア.「事故状況説明会」と称したことは否認し、被告側が反省も謝罪の気持ちも全く表さなかったことは否認ないし争う。
イ.被告側の5名の出席者全員で原告らの話を聞き、謝罪を行った。
(3)このときも被告は原告らに亡早亨のアルバムを手渡した。
ア.「これが最終回答」と述べたことは否認する。
5 第5「責任原因」について
(1) 1「債務不履行責任」について
ア.原告は契約当事者ではない。
イ.亡早亨の姿がみえなくなった後、コンビニやスーパーを探すのが遅れたことは否認し、被告が入所契約上亡早亨から常に目を離さない義務を負っていたことは否認ないし争い、被告が亡早亨に対する安全配慮義務を怠ったことは争う。
(2) 2「不法行為責任」は争う。
(3)原告主張の責任原因については、下記旧釈明事項に対する回答を待って詳細に反論する。
(4)
(5)
(6)原告主張の損害については追って詳細に反論を行う。
7 第7「本件の提起する本質」について
いずれも事実は不知、意見は不知ないし争う。
8 よって書きは争う。
第3 求釈明事項
1 債務不履行責任について
(2)原告が主張する契約上の安全配慮義務の具体的な内容について、特に次の点に留意して明らかにされたい。
ア.「目を離さないように」が契約上の義務の内容となっていたとの趣旨か。
また、「目を離さないように」とは具体的に何を求めるものか。例として、常時亡早亨1名に対し1名の職員を配置せよとの趣旨か。
イ.「扉の開閉時に利用者が抜け出さないように人を置くなどの配慮」が契約上の義務の内容となっていたとの趣旨か。また、かかる配慮は、本件事故当日のみに求める趣旨か、入所期間全部について求める趣旨か。
2 不法行為責任について
原告は、不法行為責任について「早亨は、被告の事業の執行につき、死亡したものであるので、被告は民法715条に基づく責任を負う」と主張するが、原告が主張する被告の不法行為の具体的内容が明らかでないので、これを明らかにされたい。
「原告準備書面1」
原告は,被告の求釈明事項について,以下の通り回答する。
1,「目を離さないように」との義務
安全配慮義務の具体的な内容は,当然のことながら利用者の特性(例えば,年齢,体力,性格等)やその状況(例えば,利用者のいる場所,利用者の行動など)などによって異なる。
本件事故についてみれば,すでに訴状で述べたとおり,早亨は若くて(当時28歳)足も速くすぐにどこかに行ってしまう性格である。また,当時の状況についての被告の説明によると,早亨は(個別の部屋ではなく)共用部でリズム運動をしていたが,その最中に天使の扉(施設外部へ出る三重の扉のうち最も施設側にあるもの)に行こうとするので,その度に職員に声をかけられ戻ってリズム運動をするという行動を繰り返していた(甲第8号証2頁9行目から18行目)。
このような早亨の特性と当時の状況からすれば,再び早亨が天使の扉に行こうとしたら,そのことに気付くように常に職員の誰かが早亨に注意している必要がある。「目を離さないように」とは,このことを指している。そして,これは安全配慮義務の具体的な内容の一つであり,契約上の義務である。
ただし,この義務は職員1人が常に早亨に付き添っていることを要求するものではない。他の利用者の対応をしながらでも,早亨が天使の扉に行こうとしたらそのことに気付く程度の注意をすることは可能である。また,早亨に注意をしていた職員がその場を離れる場合には,他の職員に声をかけて早亨に注意する役割を引き継いでもらえばよい。この義務を果たすことは何ら難しくはないのである。
もちろん,常時早亨1名に対し1名の職員の配置を求めるものでもない。
2,「扉の開閉時に利用者が抜け出さないように人を置くなどの配慮」について
この義務も安全配慮義務の具体的な内容であり,契約上の義務である。
このような義務が生じるのは出入りが可能な扉の開閉時であり,扉が閉まっているときまで人の配置を要求するものではない。また,入所期間全部についての義務でもない。
3,不法行為
早亨が施設を抜け出した時に最後まで対応していた職員には、早亨の行動が予見でき、早亨の動静に注意し、自分がその場所を離れる際には、他の職員に声を掛けて動静に注意するよう引き継ぐことは可能であったのに、それを怠ったのであるから、過失が存在する。同時にそれは、安全配慮義務に反する内容であった。
安全配慮義務違反による債務不履行責任を問われることとなる。
「被告準備書面1」
第1 原告準備書面(1)に対する認否
第2
1債務不履行について
(2)①目を離さないことについて
原告は、常に1人の職員が亡早亨に付きそうことを求めるものではない旨主張するが、施設には多数の利用者がおり、常に職員の誰かが一人の利用者の動静に注意をはらっていることは困難であり、そのような対応が法律上求められるとはいえない。
また、亡早亨は、本件事故に至るまで施設から無断で外出しまたは抜け出したことはなかった。かかる事実からすれば、亡早亨が天使の扉に行こうとしていた事実をもって、常に誰かが亡早亨の動静に注意を払うべき契約上の義務が生じるとはいえない。
さらに、亡早亨が見当たらないことに職員が気付いたのは、亡早亨が靴下をはいていないことに気付いた職員が靴下をとりにいくため離れてから約10分以内であり、亡早亨はその間に施設の外へ出たと考えられる。職員らは、亡早亨がいないことに気付いてただちに捜索を開始しており、長時間外出に気付かなかったり、捜索を行わなかった事実はない。このことからすれば、施設の職員が利用者の動静に注意して安全に配慮すべき一般的な義務の違反があったともいえない。
②扉の開閉時の人員配置について
天使の扉は、施設の外側から開けることができるが内側からはあけることができない構造である。障害者支援施設において一般的に利用者の安全に配慮して施設からの無断外出を防止すべき義務があるとしても、このような扉の設置により義務は履行されているといえ、さらに扉の開閉を監視するため人員を配置すべき法律上の義務があるとはいえない。
(3)以上からすれば、債務不履行にかかる原告の主張はいずれも認められない。
2不法行為について
(2)予見可能性がないこと
原告が指摘する過去のコンビニで食べ物を食べた件は、施設からの外出時に亡早亨が集団から抜け出したことにより発生したものであり、施設から抜け出した本件とは異なる。また、その際亡早亨は、コンビニの商品の食べ物を食べてはいたが、それを喉につまらせてはいない。
このことから、以前の外出時の抜け出しの事実から、施設から抜け出してショッピングセンターの商品の食べ物を無断で食べ、喉に詰まらせるという本件事故を予見することは不可能である。
(3)無断外出と死亡との相当因果関係がないこと
以上のとおり、無断外出から亡早亨の死亡に至る機序を予見することは不可能であり、また、無断外出した後、ショッピングセンターで商品の食物を店員に無断で、誰かに静止されることなく食べ、喉に詰まらせ、死亡するという機序は、施設からの無断外出により通常生じるものともいえないから、無断外出と亡早亨の死亡との相当因果関係はない。
(4)以上からすれば、被告の不法行為責任にかかる原告が主張するは認められない。
「原告準備書面3」
本準備書面は、被告第1準備書面に対して反論するものである。
第1 被告の主張の概要
第2 亡早亨の障害特性について
1.コロニー中央病院の平成16年6月22日付け国民年金の障害給付申請用の診断書によれば、診断書発行時における亡早亨の状態について、「最重度の知的障害があり、日常生活に常に援助が必要な状況である。(双極性気分障害を合併しており、食事をそのまま出したり、尿便の失敗も気分の変動とともに増悪し、さらなる援助が必要となります。)言語表出は認めず、コミュニケーションは成立しない。計算不能で買い物も不能である。躁状態になると多動、興奮著しくなり、睡眠障害もともない、家庭での介護が困難な状態となる(月に1度のペースで躁状態となります)てんかん発作は、抗てんかん薬によりコントロール良好である。」(甲 号証)と記載されている。
2.甲16号証の日常生活能力の判定によれば、適切な食事摂取、身辺の清潔保持、金銭管理と買物、通院と服薬、他人との意志伝達及び対人関係、身辺の安全保持及び危機対応は、いずれも「できない」とされている。
3.亡早亨の母親は、亡早亨の障害特性について、被告に詳細に気付いた点を伝えている。具体的には、①~④(略)⑤外出時は、安定し、静かで目立たない時でも、すきを見て動き出す。早い動きですぐに見失うので注意する。不安定時、すぐに動くので手を離さない。外出時のトイレは、出かける時、到着時、途中、帰り、必ずトイレに行く。どんなに安定していても外出しているときは安心しないで、気を抜かない事、すぐそばにいても動きが早いことなど亡早亨を介護する上での具体的な留意点を被告に伝え、注意を促していた。
4.精神的な状態が悪い時には、食事を早く飲み込んでしまうため、ゆっくり食べるようコントロールすることを被告に要請していた。散歩中に亡早亨が行方不明となり、コンビニに行っていたことについては、「散歩中にコンビニに行った事は大変問題です二度とないように」と要請し、「外出時は必ず二人以上でお願い出来るように。」と被告に要望していた。
第3 被告施設の性格について
1.
2.障害者自立支援法42条1項は、(略)障害者等がその有する能力及び適性に応じ、(略)障害福祉サービス又は相談支援を当該障害者等の意向、適性、障害の特性その他の事情に応じ、効果的に行うように努めなければならない。」とされ、同条3項において、「指定事業者等は、障害者等の人格を尊重するとともに、この法律又はこの法律に基づく命令を遵守し、障害者等のため忠実にその職務を遂行しなければならない。」ことが定められている。
つまり、被告のような障害者自立支援法の下における施設入所支援事業を営む事業者は、(略)の介護等を行うことを契約内容としているが、そのサービス提供は、障害の特性に応じ、障害者の人格の尊重と障害者に対する忠実義務を負うものである。
3.亡早亨の障害特性を踏まえたサービスが提供されるべきであるし、障害者の生命・身体の安全を確保することは障害者施設として最低限の義務であり、かつ最大の義務である。
事業・職務の性格及び内容から当然に、施設での介護及びこれと密接な関係のある生活関係から生じることのある危険から利用者の生命・身体・健康に危害が生じないように万全の注意を払い、物的・人的環境を整備し、諸々の危険から利用者を保護すべき安全配慮義務を負うものである。亡早亨には自閉症・知的障害があり、双極性障害と診断されており、多動も見られたのであるから、そのような障害を預かる障害者施設としてはその注意義務も高度のものが要求される。
母が癌に罹患したために家庭内での介護が困難となった亡早亨とその家族にとっては、家庭内介護が困難となったためにやむなく選択した施設入所である。障害者を預ける際、家族は、障害者施設の専門性に期待し、信頼しているものであり、利用者である亡早亨が自閉症・知的障害・多動・双極性障害・てんかん等の障害あるいは疾病を持つものとしてその特性を当然配慮して指導・介護してもらえることを前提としているものである。
4.そして、以下に述べるように亡早亨の障害特性を前提とすれば、本件のような施設の無断脱出(これは、飛び出しとして自閉症の障害の一つである強度行動障害とされる行為である)は当然に予見できる行為であり、しかも、被告が明らかにしている現在の情報を前提としても、被告が適切な対応をしていないことが明らかである。
第4 本件飛び出しの予見可能性と被告の安全配慮義務違反
4.強度行動障害としては、直接的他害(噛みつき、頭突きなど)や間接的他害(飛び出し、器物破損など)、自傷行為などが含まれている。つまり、自閉症者には多動や衝動性、飛び出し等は珍しくない症状の一つであり、知的障害・自閉症者を受け入れる施設及び施設職員としては当然に認識しているべきものである。
5.本件以前の行方不明事件について、被告は外出時だったというが、精神状態が不安定な時(つまり亡早亨にとってストレスが大きい時)には、すぐに動きだすことがあり、手をつなぐ等の対応をしていなければ、その場から飛び出してしまうことがあることを示した事件である。
6.
(1)~ (4)
(5)以上のとおり、9時20分~9時30分頃までの約10分間に3回も天使の扉前に行っては職員に連れ戻されるという行動を繰り返している。
(略)
つまり、9時30分~9時50分の間、指先運動に興味を示さない亡早亨にはリズム運動で食堂を歩かせ、職員は全員他の利用者の対応に当たっていたのである。そして、その隙をつく形で何度も亡早亨は外部に通じる出入り口である天使の扉前に行っては連れ戻されていたのである。
(6)乙4号証には、靴下を取りに行った時点を「その時点で10:00」と記載されている。ところが、 SY 支が靴下を取ってきて戻ってきて亡早亨の姿が見あたらないことに気付いた時間も10:00と記載されおり、時間的な間隔がないこととされている。
(7)いずれにしても SY が靴下を居室まで取りに行って戻るまでの間、他の支援員は、他の利用者の対応をしていたためか、亡早亨の動静に注意していなかったため、亡早亨がそれまでにいた食堂からどちらの方で行ったのかすら全く把握していない。そのため、姿が見あたらないことに気付いた後、施設内の共用部、M棟、F棟を6人の支援員が探しに出かけている。
(8)被告は、「天使の扉は、外側から開けることはできるが、内側からは開けることができない構造である。障害者施設において一般的に施設からの無断外出を防止すべき義務があるとしても、この扉の設置によって義務を果たしている。」と主張しているが、外側から開けて入ってくる際に出て行くことが考えられ、天使の扉前に飛び出し等の特性をもつ障害者がいた場合には、外出できるのである。内側からは開けられない構造だから、無断外出防止義務を尽くしたなどと言うことはできない。
(9)この時点でも精神的に不安定な状態にあったことがわかる。
(10)以上のとおり、現時点までに被告が明らかにしている情報を前提するだけでも、目を離したら飛び出しを行う可能性のある亡早亨が、精神的に不安定な状態で、職員が目を離した隙に何度も繰り返し、外部に通じる天使の扉前に行っているのであり、亡早亨の障害特性に当日の状態を前提にすれば、多動あるいは衝動的な飛び出しによる外出の可能性はあったのである。
そうであれば、入所施設としては、このような飛び出しの危険性のある障害者が繰り返し外出できる扉のところに行っては連れ戻しされているのだから、目を離せば天使の扉の所に行き、訪問者が入ってくる際に出て行くことは十分に予想できたのである。それを防ぐために SY が靴下を取りに居室に行く際に亡早亨を一緒に連れて行くか、それができないのであれば、他の職員に亡早亨の動静に注意するように声掛けをすることは容易であって、それもせず、靴下と取りに行って職員の目から離れる空白の時間をつくったのであるから、被告に飛び出しによる危険性を防止する義務を怠った安全配慮義務違反があるのである。
第5 予見可能性の有無について
1.上記のとおり亡早亨の障害特性を考慮し、当日の亡早亨の行動を見れば、自閉症・知的障害・双極性障害により多動傾向の障害を有する亡早亨が、施設から当日、抜け出すことを予見することはむしろ容易である。
2.
3.また、知的障害者については、運動機能の発達に障害がある場合に摂食・嚥下機能障害があることは一般に知られた事実である。
(略)障害者福祉の現場では十分に予見できることであり、予見不可能な事態であったということなど到底できない。
第6 最後に
利用者には、自閉症や知的障害など必ずしも合理的行動が期待できない利用者が含まれているのであり、そのような利用者が一旦、施設外に出てしまえば、交通事故や本件の事故などにより、利用者の生命・身体の安全に危険が及ぶことは経験則上容易に想像できるところである。被告は、安全配慮義務の一内容として、利用者の無断外出を防止すべき安全管理体制を整えるべき注意義務があったのである。しかるに本件事故当日の被告の施設では、不安定であることが容易にわかる筈であるのに、亡早亨の動静に注意せず、度々、目を離して外に通じる天使の扉に何度も行かせ、遂には全くの空白の時間帯をつくったことによって、無断外出をさせてしまったのであり、その結果、遂に死亡という最悪の結果を招いてしまったのである。被告は、障害者の安心した生活をうたう専門施設である。被告の本件事故の対応は、安全配慮義務違反があることは勿論、本件事故の結果についても十分に予見可能であり、かつ、過失があることは既に明らかになっている情報からも明白である。
「被告準備書面2」
第2 説明について
1.靴下をとりにいった職員が最後に亡早亨を確認したのは、「天使の扉」とされている場所である。
2.原告のいう「頻繁」との趣旨が明らかでないので、頻繁か否かという点については回答を留保する。
天使の扉は、普段、職員が事務所に書類を取りに行く際などに通ることがある。
普段より天使の扉の開閉が多かったわけではない。
3.活動の場を離れる際には他の職員にその場を離れることを伝えており、目を離した際に他の利用者に危害を加えるような他害性があるなど高度に不安定な利用者でない限り、常に一人の職員が一緒に行動することは困難である。亡早亨はそれまで一度も施設の外へ無断で出たことはなく、靴下を取りに行くわずかな間に無断外出することは予見が不可能であり、また他害性があるといった事情もないため連れていかなかったにすぎない。
原告の当該求釈明は、亡早亨を一緒に連れて行くべきであったこと、すなわち常に一対一の対応をすべきことを前提としたものであると考えられるが、被告にそのような法律上の義務はなく、また施設運営上不可能である。
5.亡早亨が外に出るところを目撃した者はいないため不明であるが、天使の扉はいわゆるオートロックの形態であるものの、指を挟んだりしないように一般的なホテル等の扉よりもゆっくりと開閉するようになっているため、原告が例示するうち後者、すなわち出入りの隙に出た、と推測される。
6.出勤していた職員は10名である。事故当時の各職員の配置については乙4号証を参照されたい。
「原告準備書面4」
原告は,前回被告から提出された書証(乙第7号証~第13号証)及び被告第2準備書面について,以下の通り主張する。
第1 資料の追加の要求
1,服薬の記録
被告から提出された「ケース記録(利用者別)」には,確かに「就寝薬を服薬」などの記載が出てくる。
しかし,これだけでは服薬した薬の正確な種類・名称・分量が全く不明である。また,ケース記録には「就寝薬」以外の薬の服用の記載がほとんどないが,すべての服薬の事実が記録されているのかも疑わしい。その薬の種類・名称・分量が正確に記録されている資料の提出を求める。
2,議事録の黒塗りの部分
第13号証1及び3には黒塗り部分の部分がある。これでは会議の全体像が分からない。
上記黒塗り部分についても開示するよう求める。
第2 説明の補充の要求
1,天使の扉の鍵
2,事故当日の状況
第3 原告の再反論
1,予見可能性
被告から提出された記録を見ても,予見可能性があったことは明らかである。
(1)早亨が勝手に外に出てしまうことについての予見可能性
早亨の入所前の保護者との面談記録には保護者が次のように説明した記録が残っている(乙第7号証の15)。「無断外出→自宅では全て施錠している。特にハイな状態は要注意。外出時に少し目を離した間にどこかへ行ってしまう。」。このような保護者の説明が記録として残っているのは乙第7号証の15だけであるが,早亨の保護者は毎年行われる保護者面談の度に同じ説明を繰り返し行い,早亨が外に出てしまわないよう注意をして欲しいと要請していた。
また,本件事故当日のケース記録を見ても「(早亨が)天使の扉,食堂を行き来しながら過ごす」との記載がある(乙第10号証の27・9頁)。当日,早亨が天使の扉に繰り返し近づいていたことを認識しているのであるから,なおさら,被告としては,天使の扉が開いていれば早亨が扉から外に出てしまう可能性を十分認識していたはずである。
(2)食べ物を喉に詰まらせることについての予見可能性
早亨は常日頃から,自分で自由に食事をさせると一気にたくさんの食べ物を詰め込んでしまう癖があった(記録では「駆け込み喰い」という言葉が使われている)。この「駆け込み喰い」を矯正し,ゆっくりと食事ができるようにすることは早亨の生活上の大きな課題であった。
早亨の生活支援計画を見ても,毎回,この課題の克服が大きな目標の一つとして繰り返し掲げられている(乙第9号証の1ないし8)。
また,「ケース記録(利用者別)」(乙第17号証の1ないし27)を見ても,食事の際は,早亨に自由に食事をさせるのではなく,必ず支援員が食事を小鉢に一口分ずつ取り分けて早亨に与えていたことがはっきりと記録されている。この状態は事故当日まで続いた。
さらに,早亨のケース記録には平成24年10月5日の欄(乙第10号証の22・2頁)に次のような事実が記録されている。「 SY 支が見ていない隙に鳥山さんの所へ行きパンを盗食する。S さんがパンを3つとも食べたと言うため,詰まらせる可能性があるため, SY 支が口内に手を入れパンを掻き出す。抵抗はあるが全て掻き出す。」すなわち,本件事故の前にも,あわや早亨が食べ物を喉に詰まらせて事故になる寸前のところを支援員の咄嗟の対応で回避したという事件があったのである。
このように,被告には,早亨に自由に食べ物を食べさせると「駆け込み食い」をして喉に詰まらせることについての予見可能性も十分にあった。
2,被告の過失
(1)早亨を見失った過失
確かに早亨に他害性はなかったが,これまで原告が述べてきた早亨の特性からすれば「高度に不安定な利用者」には該当すると考えられる。
ただ,繰り返すが,原告は(早亨が「高度に不安定な利用者」に該当するか否かにかかわらず)入所者に支援員がマンツーマンで付き添う必要があると主張しているわけではない。支援員が複数の入所者に対して注意を払うことによって早亨に対して少なくとも1人の支援員が常に注意をしている状態を保つことは可能である。
(2)天使の扉の管理についての過失
被告は原告の「早亨が外へ出る直近に天使の扉を開けたのは誰か。」との求釈明に対しては,「不明」と回答し,「早亨が天使の扉から外に出られた理由」の求釈明に対しては,「不明」とした上で早亨が他の人が出入りするのに紛れて外に出たと推測されるとしている。
仮に施設内で支援員が入所者を見失ったとしても,外部に通じる扉において人の出入りがしっかりと管理されていれば,本件事故は起きなかった。
このように早亨が天使の扉から外に出られた原因は本件において重要な問題である。よって,被告は,早亨が外に出たと考えられる時間帯に天使の扉を通って出入りしていた者が誰か(職員,利用者,出入りの業者,訪問者など),その出入りのため天使の扉が開いていた時間はどれくらいなのか等,具体的に明らかにすべきである。
天使の扉の管理の状況について「不明」としか説明できないということは,被告が自らの過失を認めたに等しい。
「被告準備書面3」
原告準備書面(4)に対し、下記のとおり回答する。
第1
1.「服薬の記録」について
亡早亨の服薬の記録が本件事故といかなる関係を有するのか不明であるが、亡早亨に薬を処方していたクリニックが投薬の記録をまとめたものを乙14号証として提出する。
2.「議事録の黒塗りの部分」について
乙13号証の1ないし3の議事録の黒塗りの部分は、亡早亨および本件事故に関するものではなく、本件事故と関連性がないうえに、他の利用者の個人情報も含まれているので、開示しない。
第2
1.「天使の扉の鍵」について
外側から開ける場合には、施錠されていなければ扉の開閉に鍵は必要ない。
第3 その他の求釈明について
原告より口頭でなされた「防犯カメラ」についての求釈明に回答する。
原告が指摘する天使の扉の外のモニタは、ショートステイの利用者の保護者が、送り迎えの際に利用者の施設内での様子を見られるようにとの目的で設置されたものであり、この映像は録画されていない。
「原告準備書面5」
被告第3準備書面について,以下の通り主張する。
1,服薬の記録
被告からは乙第14号証が提出された。しかし,これは病院からの処方の記録であり,処方された薬についての早亨の服薬の記録ではない。そこで,改めて服薬の記録の提出を求める。
2,議事録の黒塗りの部分
「本件事故と関連性がない」とは被告の主観的な判断である可能性がある。関連性の有無は微妙な判断であることも多いので,支障が無いなら開示すべきである。
また,他の利用者の個人情報については当該個人情報の部分(氏名・住所・電話番号など)の部分だけを黒塗りにすれば足りるはずであり,文章全体を黒塗りにする必要性はない。
よって,原告は,被告に対して,上記黒塗り部分のうち他の利用者の個人情報を除いた部分を開示するよう求める。
「被告準備書面4」
原告準備書面(5)に対し、下記のとおり回答する。
1「服薬の記録」について
亡早亨の服薬を含めた健康状態については、既に提出したケース記録に記載されているとおりである。このうち服薬については、病院からの処方箋を処方通り服用した場合には基本的な記載がなく、処方薬を服用しなかったり、頓服薬を服用した場合に記載している。
被告が「健康管理の記録」の作成を怠っているとの原告の主張は理由がなく、また、当該主張が本件といかなる関連性を有するのか不明である。
2「議事録の黒塗りの部分」について
従前主張したとおり、乙13号証の1ないし3の議事録の黒塗りの部分は、亡早亨および本件事故に関するものではなく、本件事故と関連性がないうえに、他の利用者の個人情報も含まれているので、開示しない。
既に(略)議事録の一部を提出しているが、そもそも、原告が議事録の開示を求めるにあたっての要証事実および議事録と当該要証事実の関連性が不明であり、探索的な求釈明であるといえるので、提出を要しないと思料する。
「原告準備書面6」
本準備書面は、被告が利用者である故鶴田早亨に対して負うべき法律上の義務の内容について論じるものである。
第1 故鶴田早亨と被告との契約の内容
1 契約の目的及び被告の契約上の義務
(1)契約の目的
ア
イ 被告における契約上のサービス提供の目的が、地域生活への移行を念頭において、日常生活上の援助等を行うことで利用者が有する能力に応じて自立した日常生活を営むことを目的と定めている。つまり、亡早亨と被告との間の入所契約は、単に日常生活を営む場の提供だけではなく、その後の地域生活移行のための援助も目的としていたのである。
ウ
エ 契約書の文言は変わっているが、サービス利用契約の目的が、障害者の有する能力及び適性に応じた、自立した日常生活又は社会生活を営み障害者を地域で生活できるように目指していることに変わりはない。
(2)契約上の義務
4 つまり、被告が事業者として提供するサービスは、利用者である亡早亨の「障害程度に応じ」(第2条2項)、「個人の個性を尊重し本人の希望や状況に合わせて」(重要事項説明書5項(3)サービスを提供すべきことが定められているのである。
被告は施設サービスを提供するにあたり、利用者の障害程度及び心身の状況、置かれている環境等の的確な把握を義務づけられているのである。
2 被告が亡早亨に負うべき契約上の義務
被告は以上のとおり施設福祉サービス提供契約自体において、障害の程度に応じた、利用者本人の状況に合わせたサービス提供が契約上も義務づけられているのである。
第2 福祉施設における安全保護義務
1 厚生労働省の危機管理指針
(1)被告は、多数の利用者がいるので常時だれかが動静に注意することは困難で、法律上求められていないと主張するが、この主張は、入所施設における事業者として利用者に求められる最低限の義務すら被告が理解していないことを如実に示すものである。
ア 事実として、H のような入居施設において複数の利用者がいることは普通にあることだが、その事業者が多数の利用者がいるので利用者の動静を常時誰かが注意することは困難だから法律上求められていないと公然と主張することは凡そ福祉施設として考えられない主張である。
イ
2 指針におけるその他の対応
第3 亡早亨に対する適性なサービスとは
4. 甲20号証の「青年・成人期自閉症の発達保障」では、強度行動障害をもつ自閉症者が適切な支援の中で徐々にではあるが、発達している姿が語られている
強度行動障害を有する自閉症の利用者に対しても、様々な対処方針は研究・実践されており、それはすでに標準化されていると言われている。残念ながら、被告での亡早亨に対する対処は、表面的にはこれら標準化された対処をまねているように見えながら、安全対策の箇所で述べた見守りの必要性についての無理解のように、根底にある認識に欠如があり、その結果として、適切な対応ができなかったのである。その結果として、本件事故当日における亡早亨の事前の異常な行動の意味を察知することもできず、安全対策の基本である利用者から目を離さない、担当者が離れる際には声かけをして他のチーム員に依頼するという基本をとらなかったため、施設外への飛び出しを生んでしまったものである。すでに述べたようにその兆候は当日の亡早亨の行動に表れていたのであり、亡早亨が食物を食べることによってストレスを解消するという特性を持っていたこと、以前の外出の際のコンビニの事件を考えれば、施設外に出た場合に近所の店舗に入り、食物を大量に食べること、その際、食事について掻き込むように食べるということが分かっていたのであるから、窒息の可能性も十分に予見できたものである。
追って、行動障害の予防のために取るべき標準化された対処方法と被告が現実に行っていたこととの違いを述べて、被告のサービス提供が契約上求められているものではなかったことを主張するものである。
「被告準備書面5」
原告主張の亡早亨の死亡にかかる損害額について、下記のとおり主張を補充する。
第1 逸失利益について
1
2(1)イ.かかる亡早亨の障害の程度からすれば、当時28歳の亡早亨が将来賃金センサスの平均賃金程度の収入を得られる蓋然性、就労可能性はないといえ、原告の主張は失当である。
第2 死亡慰謝料、近親者慰謝料について
1.死亡慰謝料について
(1)亡早亨は当時独身で、単身で障害者施設で生活していた者であり、上記のとおり重度の知的障害を持っていた。加えて、仮に本件事故の発生に際し被告の過失が認められるとしても、本件事故は亡早亨が自ら施設を抜け出したことにより発生したものである。
かかる亡早亨の生活の状況、健康状態、および本件事故の状況からすれば、原告主張の死亡慰謝料は高額に過ぎ、亡早亨の死亡による慰謝料は、一般的な裁判基準に比してより低額に認定されるべきである。
2.原告自身の慰謝料
原告は亡早亨の兄であり、民法711条が定める近親者ではない。亡早亨は本件事故当時被告の施設に入居しており、原告とは同居しておらず、面会時に会うのみであった。
かかる原告について近親者固有の慰謝料を認めるべき事情は立証されていないといえ、仮に認められるとしても原告主張の300万円は高額に過ぎ、失当である。
「原告準備書面7」
原告は,被告第5準備書面の主張について,以下の通り反論する。
第1 逸失利益について
1,はじめに
訴状において,原告も逸失利益算定手法を用いてはいる。ただし,これは便宜上暫定的に使用しているに過ぎない。訴状本文にあるように,本来は民事訴訟法248条により裁判所が妥当な金額を定めるべきである。
以下,訴状の主張を補充する。
2,この問題の本質
本件は,知的障害・自閉症をもつ若者の死亡による損害賠償を求める事件である。そこで争点の一つとされているのが,逸失利益の問題である。
民法における損害賠償の目的は,損害の公平な分担にあるとされている。公平なというのは,我が国の法秩序の観点からの公平ということである。
それは我が国の憲法,これを受けた民法第1条及び第2条に従って判断されるべきものである。結局,生命が失われた場合に障害者であるかどうかで健常者に比較して極端に低い損害賠償がこれらの我が国の法秩序の観点から許されるかどうかが本件の本質である。
以下,この問題について憲法学者である川崎和代教授の論文(甲21)に依拠しながら,詳論する。以下の記述のうち,出典を明示しないものは,甲21号証の川崎教授の論文によるものである。
3,命の権利
(甲第21号証、川崎和代先生の論文 生命価値の平等について)
4,
5,
6,
7,最後に
親にとって,子どもは宝物であると昔から言われてきた。それは障害があるか否かと関わりがない。また,障害のある兄弟があることによって,その子どもたちのうちに,知らず知らずはぐくまれる「優しさ」や「慈しみ」も貴重な無形の価値である。さらに障害者の権利条約が前文でいう障害者の存在や障害者が権利を享受すること自体が社会に与える価値や利益を考慮する必要もある。
川崎論文が結語で述べている部分は,「個人の尊重」を規定し,「人間の尊厳」を定めているとされる日本国憲法とそれを受けた民法の解釈にあたっては,無視されてはならない。
「子どもの死亡損害については,逸失利益という考え方を採用するよりも,『かけがえのない生命権』の侵害,その侵害により,破壊された家族間の愛情や絆,喪失感,小さな発達に感じてきた喜び,ひいては支援や援助を受けながらも働くという喜び,それらが永久に失われてしまったことに対して,総合的な判断がなされるべきである。そうでなければ,親は,子どもを失った悲しみのみならず,『経済的価値を生み出さない子ども』という烙印を押され,子どものみならず,親までもが,『個人として尊重されない』『人間の尊厳』を踏みにじられたと感じることになってしまうであろう。」
そして,本件の判断にあたっては,「逸失利益」という考えを基本的に排除し,「生命価値の平等」を前提とし,「人間の尊厳」にふさわしい判断がなされるべきである。そのためには,総体としての損害賠償額に種々の個別的要素を勘案して決定するのが相当であり,仮に「逸失利益」を当然の前提として考えるのであれば,現在の被害者の状況を将来にわたって固定的に考えるべきではなく,その発達可能性,支援技術の進歩,社会の側に設けられている障害者に対するバリア除去の可能性,障害者の人権保障に向けられた国際的動向,法理念を踏まえ,ことさらに障害者の「稼働能力」に重点を傾けた判断をすべきではなく,障害をもたない同年齢の人の場合と同様に判断すべきものである。
そうでなければ,そのような運用は,日本国憲法14条1項に違反する障害者に対する差別であると同時に,障害者の「人間の尊厳」を害するものとして,憲法13条違反を犯すことになる。
以上より,従前の逸失利益の考え方を前提とした被告の主張は憲法に違反するものである。
第2 死亡慰謝料,近親者慰謝料について
1,死亡慰謝料について
(1)亡早亨が独身であり単身生活をしていたこと
(略)
このように,原告の主張する金額は亡早亨が独身であり単身で生活していたことを前提としており,決して高額ではない。
(2)重度の知的障害を持っていたこと
また,被告は,死亡慰謝料の減額理由として,亡早亨が重度の知的障害を持っていたことを挙げている。
しかし,重度の知的障害を持っていても自分が死亡することについての精神的苦痛が小さくなるわけではない。「死」という自分の存在が亡くなることについての意味は十分に認識できる。
この点に関する被告の主張も,上述の逸失利益と同じように,人間の生命の価値に対する不当な差別に基づいており,憲法に違反するものである。
(3)亡早亨が施設を抜け出したこと
さらに,被告は,死亡慰謝料の減額理由として,本件事故は亡早亨が自ら施設を抜け出したことにより発生したものであることを挙げている。
しかし,原告準備書面(6)において詳細に主張したとおり,被告は,亡早亨がもっていた障害(知的障害・自閉症)という特性を踏まえ,それに応じた適切なサービスを提供する契約上の義務を負っていた。
具体的には,施設外に通じる通路の扉が開いていれば行動障害のある亡早亨が自ら施設を抜け出すことは容易に予見できるから,被告としては,亡早亨の動静に注意するとともに,施設外に通じる通路を通ることができないようにして,亡早亨の安全を確保する契約上の義務を負っていた。
亡早亨が施設を抜け出した原因は,被告がこの契約上の義務を怠ったからであり,被告の主張は自らの責任を亡早亨に押しつけようとするものである。
以上の理由から,亡早亨が自ら施設を抜け出したことは減額の理由にはならない。
(4)
2,原告自身の慰謝料
(1)原告が民法711条に定める近親者に含まれていないこと
確かに,原告は民法711条に定められている近親者には含まれない。しかし,同条に含まれない親族であっても被害者との生活状況などによっては同条の類推適用によって加害者に慰謝料を請求しうることは確定した判例である(最高裁昭和49年12月17日判決)。よって,原告が民法711条に定められている近親者に含まれないからといって,それが当然に減額の理由になるわけではない。
(2)原告が亡早亨と同居していなかったこと
当時原告が亡早亨と同居していなかったことも,具体的な事情を踏まえて考える必要がある。
訴状で述べたとおり,平成7年に原告及び亡早亨の両親が離婚して間もなく,亡早亨は母の好美が引き取った。しかし,平成14年ころ好美に乳ガンが見つかり治療を受けることになった。好美の治療中は原告と祖母が亡早亨の面倒を見た。
しかし,平成18年ころ,好美のガンが再発し,亡早亨の面倒を十分見ることができなくなってきた。また,その頃,早亨も思春期を迎えており難しい年頃だったので,世話をするのが特に大変だった。
原告としては,母に代わり自分が亡早亨の面倒を見たいとの気持ちもあったが,亡早亨の状況からするとそれは無理であった。そこで,やむを得ず好美と原告は施設に亡早亨を預けることになった。
その後,原告が亡早亨と会う機会は面会や施設の行事だけとなったが,原告の亡早亨に対する家族としての愛情は深いものであった。愛情の程度は必ずしも一緒に過ごした時間の長さだけから測ることはできない。
このような事情からすれば,亡早亨の死亡により原告が受けた精神的損害の大きさは同居の家族の場合と同程度と言える。
よって,原告が亡早亨と同居していなかったことも減額の理由にはならない。
「被告準備書面6」
被告は、下記のとおり原告準備書面(7)(亡早亨の死亡に基づく損害)に対する認否・反論を行う。
第1 原告準備書面(7)に対する認否
1 原告主張の事実および論文等の存在およびその内容は不知、原告の意見はいずれも争う。
2 第1「死亡慰謝料、逸失利益について」2 「原告自身の慰謝料のうち
(2)「原告が亡早亨と同居していなかったこと」に記載の事実はいずれも不知。
第2 亡早亨の逸失利益について
1 原告の主張
原告は、亡早亨の死亡に基づく逸失利益について、本来は裁判所が民事訴訟法248条により妥当な金額を定めるべきである旨主張するとともに、大要、従前の逸失利益にかかる考え方を採用し障害者であることをもって就労可能性なしとし、障害のない人に比して低い逸失利益のみを損害として認めることは憲法14条1項に反する旨主張する。
2 被告の主張
自然人の死亡に基づく得べかりし利益としての損害である逸失利益は、その構成(相続構成ないし扶養構成)の如何に関わらず、その中心部分は稼働利益の喪失による損害と捉えられており、そのほかに逸失利益性を有するのは稼働利益以外の年金等の収入である。
この点原告は、上記のとおり障害者の稼働能力に重点を傾けた判断をすべきではなく、障害を持たない同年齢の人の場合と同様に判断すべき等主張する。しかしながら、そもそも「障害」という概念は一義的でなく、「障害を持たない人」という前提自体が成立しえないといえる。原告がいう「障害を持たない人」が、健康状態・心身の状態によって選択可能な職種・職務・就労条件に大きな制限がない人と想定しうるとしても、かかる人であっても、その就労状況、個々人の能力、職種、稼働実績、現実収入、将来の就労可能性に応じて将来得べかりし稼働利益が異なることは明らかであり、原告の主張を敷衍すると、いかなる健康状態、就労状況にある人においても、単にその年齢に応じて一律の逸失利益を認めるべきであるということになり、かえて憲法14条1項の定める実質的平等に反する。原告の主張は失当である。その他亡早亨の逸失利益については、被告第5準備書面において主張したとおりである。
第3 亡旱亨の死亡慰謝料について
1 原告の主張
原告は、亡早亨に重度の知的障害があったとしても死の概念は理解ができる旨、亡早亨が施設を抜け出したのは被告の過失に起因するので、同事情を慰謝料算定にあたって考慮すべきではない旨主張するとともに、原告主張の慰謝料はいわゆる青本基準の範囲内であるから相当である旨主張する。
2 被告の主張
しかしながら、原告も言及するとおり青本基準は交通事故という日々多数発生する偶然な事故により死亡した場合の基準を示すものであり、本件のような障害者施設からの利用者の無断外出という、交通事故のように日々多数発生しているとはいえない事故類型における、施設利用契約に基づく債務不履行を理由とする損害賠償の場合にただちに同基準が適用されるとはいえない。
また、仮に亡早亨の無断外出につき被告に過失が認められるとしても、亡早亨が死亡に至る直接の原因は被告の積極的な過失行為によるものではなく亡早亨は自らの意思をもって外出するとともに窒息に至るまでドーナツをロに詰め込んだのであり、亡早亨に過失相殺を受ける程度の責任能力が認められないとしても、これらの事情は少なくとも死亡慰謝料の算定にあたって考慮されるべき事情である。
また被告は、原告ないしその母が自ら面倒を見ることができない重度知的障害者の亡早亨を受け入れ、施設利用契約に基づくとはいえ本件事故に至るまでその生活を全面的に支援していたのであり、かかる事情も慰謝料算定にあたって考慮されるべきといえる。なお、この点については原告自身の近親者慰謝料の算定にあたっても同様である。
「原告準備書面8」
本準備書面では、原告準備書面(6)に続いて、行動障害の予防のために標準化された対処方法を述べ、現実に被告が取っていた対処を比較することによって、被告の亡早亨に対する対応が、施設入所契約上求められるものではなかったことを論ずる。
第1 強度行動障害支援の標準化された対処方法
1 厚生労働省の強度行動障害支援者養成研修
(1)
(2)
とまとめられている。つまり、本件の亡早亨のような重度知的障害と自閉症の重複障害を持つものには、強度行動障害が生じる可能性が高いことが明らかであったこと、さらに、理論的にも経験則的にも、そのような対象者に対する基本的な支援方法が確立していることが明記されているのである。
(3)行動障害への支援方法の基本にあるのは、行動障害はそれらを示す人たちの世の中の理解と支援者の理解の差異を前提としながら、彼らと支援者(家族、保護者を含む)、または彼らと周囲の環境との相互作用の中で変化していくという考えである。利用者に障害があるという事実は変わらなくとも、物理的環境や周囲の支援者の対応が変化してくれば、軽減する可能性もあるし、逆に状態が悪化する可能性があるという考えである。つまり、行動障害の状態の悪化は、不適切な対応など周囲のかかわりが重要な役割を果たしている場合があり、そこに行動障害を予防する考え方と取り組みを身につける必要があるということである。
(4)そのための第一は、行動障害を引き起こす対象者の障害特性を知ることであり、精神疾患を併発している場合にはその疾病の特徴も知ることである。それは、同じ障害を持ち、疾病を持っていても周囲の環境や働きかけ(つまり支援の質と量)によって障害が顕在化するかどうかが決まる(行動障害のある人の「暮らし」を支える 甲24号証39頁掲載されている新氷山モデル参照)のである。結局、環境も障害を生み出す要因の一つであり、本人にわかるように環境を整えれば、本人も様々なことが理解でき、その人の障害は顕在化しない可能性があるということなのである。環境を整えるためには、障害のある人がもっている特性と力を理解し、その人が何に困っているかを知る必要がある。そのために障害当事者本人の基本的な情報として、医学的な診断名、障害支援区分、療育手帳がある。しかし、それだけでは、どのような時にどのような行動障害が生じるのかが予測できない。自閉症スペクトラムや知的障害の「重篤さ」という個人因子だけではなく、どのような環境のもとで問題となる行動が生じているのかという環境因子を評価していくことが重要となる。行動はそれだけが突然に生じるのではなく、個人因子と環境因子のかかわりの中で生じている。自傷行動や他傷行動、破壊的な行動なども生まれながらにもっていた行動ではなく、環境の中で学習した行動なのである。行動障害という周囲の支援者にとって困った行動の多くが学習された行動であれば、適切な行動を学んでいくことで改善していくことが可能である。そのためには、目の前の行動だけに着目するのではなく、行動の前後に何があったかを知ることが必要になる。
(5)行動障害に対して適切な対応を行うために必要なのは、その意味でその行動がどのような状況で生じ、どのような原因で続いているかという、行動の機能に関するアセスメントである。機能分析は、ある行動について、そのきっかけとなる「A:行動の前の刺激やできごと(Antecedents)」、「B:行動(Behavior)」、「C:行動の結果(Cosequences)」の3つの要素から考え、その行動の機能(目的)を分析するという方法である。その頭文字をとってABC分析ともいう(機能分析の具体例については、甲24号証(暮らし)86頁~88頁)。
(6)行動障害を変えるためには、まずその行動をできるだけ具体的にしてみることである。「多動で目が離せない。」というだけでは漠然としすぎていて具体的にどのような行動が問題となっているかが分からないが、「家から飛び出す」とか「外出した際に、つないだ手をふりほどいてどこかに走り出す」とか「病院の待ち時間に待合室で走り回る」など、現在問題となっている行動を、正確な言葉で記述することが必要である。複数の支援者の間で連携を取る場合にも、どの行動に対応するのかを共通理解することが重要である。そして、具体化した困った行動が、いつ、どこで、誰と、何をしているときに生じ、どんな結果がもたらされているのを記録する。これは困った行動の機能を把握し、その後にとった介入や対処が適切であったかを判断するために必要な手順である。支援がうまくいっているかどうかは、行動の増減を観察し、記録していくことでわかる。甲24号証90頁には、行動観察シートの具体例が掲載されている。重要なことは、この行動観察記録からの読み取りである。行動観察シートで観察された具体化された行動の中の一つの行動が、生じやすい場所や時間帯、活動はないかを探す。例えば、「他の利用者に噛みつく」という行動が夕食後の自由時間に頻発しているのであれば、その時間帯に心の準備や環境調整などの対策も立てられる。人的支援をその時間帯に集中することも考えられる。このような行動観察記録をとることは、どのような支援を行ったかということを示す記録としての意味、利用者の変化を確認するため、支援者同士で情報を共有するために不可欠なものである。適切な記録とその分析から障害当事者本人が発するサインを事前に理解し、行動障害を予測して環境を調整することで行動障害とされる行動を減らし、無くすことが可能となるのである。それを前提として、物理的構造化、スケジュール、ワークシステム、視覚的構造化、刺激の調整や本人の活動選択の場をつくること、クールダウンのためのスペース設置、事前に約束を行い守れたら強化される行動契約などの環境整備が行えるのである(甲24号証(暮らし)第三章)。
(7)冒頭述べたようにこれらはすでに確立された支援方法である。そして被告の施設においても当然に知られていたし、知られ実践されていなければならなかった標準的な対処方法である。しかるに、以下にのべるように被告の施設では、形は整っていても、本来の目的どおりに利用され活用されることはなかったのである。
第2 被告が現実に行っていたこと
1 被告の個人記録(乙第7の14~)からわかる被告の本人の特性についての把握
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
2 標準化された対処方法との比較
(1)以上のとおり、被告の個人記録の記載からは、亡早亨を担当していた日々の状況の観察を基に支援員がそれぞれ問題行動の原因として考えられることを分析していたことがわかる。しかし、具体化した困った行動が、いつ、どこで、誰と、何をしているときに生じ、どんな結果がもたらされているのかを記録し、これを分析して介入や対処方法の適切性を検証した形跡はない。少なくとも証拠として提出された個人記録からは、担当するチーム員によって問題行動を減少させるための対処方法についての分析・討議がされた記録は存在しない。
(2)すでに述べたように、適切な記録とその分析は、障害当事者本人が発するサインを事前に理解し、行動障害を予測して環境を調整することで行動障害とされる行動を減らし、無くすために必要不可欠なことである。それなくして、行動障害を無くすための物理的構造化、スケジュール、ワークシステム、視覚的構造化、刺激の調整や本人の活動選択の場をつくること、クールダウンのためのスペース設置、事前に約束を行い守れたら強化される行動契約などの環境整備を行うための前提が欠けることになるのである。
第3 被告のサービス提供が契約上求められているものではなかったこと
甲24号証(暮らし)の各所に記載されている具体例の、確立された対処に基づいて支援した場合のめざましい改善状況と比較して、本件の場合には、日々の活動についての記録もキチンと取られず、記録を分析して事前予測をし環境を整えようという姿勢は被告の施設全体として見受けられなかった。個別の支援員による断片的分析は見られ、母親から本人の状況を知ろうという姿勢が時に見られるが、少なくとも管理者は、母親の話を受け付けようとしていない。そのような経験にのみ頼った被告施設での支援によって、本来、可能であった行動障害の改善は見られなかった。既に原告準備書面(2)で述べたように、日々の観察以前の当日の注意深い観察を行っていれば当然に予測できた筈の天使の扉へのこだわり、度々、集団活動から抜け出して天使の扉の方に行っては連れ戻されていたという当日の本人の行動から施設からの飛び出しの具体的な予見可能性は十分にあったのに必要な対応(その場を離れる時には、不安定な障害当事者に注意して見ていてくれるように他の支援員に頼むなど)を行っていないのである。
重篤な自閉症と知的障害を有している亡早亨本人は自ら危険を予知し対応することができないのであるから、飛び出し等のないように観察することが被告施設には義務づけられていたのに当然の義務を果たさなかったのである。
被告施設における対応は、原告準備書面(6)で述べた契約上の義務に違反するものであり、被告施設は、本準備書面で具体的に検討したように重度加算も受けている入所施設として取るべき標準的な対応すら行っていないことが明らかなのである。
「被告準備書面7」
被告は、下記のとおり原告準備書面(6)(8)に対する認否・主張を行う。
1 同第1「故鶴田早亨との契約の内容」について
(1)同1「契約の目的及び被告の契約上の義務」について
ア
イ
2 同第2「福祉施設における安全保護義務」について
(1)同1「厚生労働省の危機管理指針」について
ア、
イ、
第2 原告準備書面(8)に対する認否・主張
1 同第1「強度行動障害支援の標準化された対処法」について
(1)同1「厚生労働省の強度行動障害支援者養成研修」について
ア 同(1)について、甲23号証の3枚目に原告主張の記載があることは認める。
イ 同(2)の第1段落は認める。
第2段落について、強度行動障害支援者養成研修(基礎講座)受講者用テキストに原告主張の記載があることは認める。
ウ 同(3)は不知。
エ 同(4)は不知。
オ 同(5)について、甲24号証86~88貢に原告主張の記載があることは認める。
カ 同(6)は不知。
キ 同(7)について、被告の施設において、強度行動障害支援者養成研修の存在を知っていたことは認め、原告主張の方法が実施されていなければならなかったこと、被告の施設において同方法が実施されていなかったことは争う。
2 同第2「被告の個人記録(乙第7の14~)からわかる被告の本人の特性についての把握」について
ア、
イ、
ウ、
エ、
オ、
カ、
3 第3「被告のサービス提供が契約上求められているものではなかったこと」について
第1ないし第3段落に記載の主張はいずれも争う。
「被告準備書面8」
被告は、下記のとおり原告準備書面(6)(8)に対する反論を行うとともに、
被告の主張を補充する。
記
第1 障害者福祉制度・被告の施設の運用について
1 障害者福祉制度の沿革、設備基準等
(1) (略) 強度行動障害支援者養成研修が開始されたのは平成25年である。
(2)
2 被告の施設(障害者入所支援施設 H )について
(1) H の設立、運営
被告社会福祉法人は平成11年6月に設立され、被告が運営する障害者
入所支援施設 H (以下「 H 」という。)は、平成12年4月に障害者入所更生施設として開設され、その後法改正により障害者入所支援施設に名称が変更された。
被告は、それまで地域と隔絶され孤立しがちな存在であった障害者施設が、地域に密着し開かれた存在となるように、入所者により良い住環境を提供することも目的のひとつとして H を設置した。施設の建物や設備についてもガラスを多く取り入れ、明るく開放感のある施設となるよう設・建設された。
(2)職員、入所者の状況
H では、常勤職員はできる限り社会福祉士・介護福祉士の有資格者となるように勤めており、平成28年8月現在、常勤職員は1名を除く全員が有資格者となっている。平成25年3月当時、入所定員50名に対し入所者は49名で、全職員数は49名であった。職員は午前9時から午後6時までのの日勤、午前7時から午後4時までの早番、午後0時30分から午後9時30分までの遅番、午後3時から午前9時30分までの夜勤の交代制でシフトを組んで勤務している。被告においては職員に外部のセミナー、講習を受講させるよう努めるとともに、施設内研修も行っている。
H の入所者は知的障害者が主であり、身体障害ないし精神障害と知的障害が重複している入所者はいるが、身体障害のみ、精神障害のみの入所者は平成28年8月現在、および平成25年3月当時においていなかった。入所者は愛知県が交付する知的障害者療育手帳の障害区分(ABCの3段階)のうち最も重度であるAと認定されている入所者がほとんどであり、亡早亨も同認定を受けていた。
3 個別支援計画について
(1)作成義務
本件においても書証として提出している個別支援計画は、障害者自立支援法および障害者総合支援法において障害者支援施設に対し作成が義務付けられており(現・障害者総合支援法3条1項)、現在の制度においては計画の実施状況のモニタリングと、6か月に1回以上の見直しを行うものとされている(同8条)。
(2) H における作成方法、状況
H においては、利用者ごとに担当職員を決め、当該担当職員が支援計画の原案を作成し、サービス管理責任者を筆頭として会議を行い、支援計画を作成している。「担当職員」は、常に当該職員が一人の利用者に憑きそうという趣旨ではなく、当該利用者について特に詳細を把握し、支援計画の原案を作るという趣旨である。職員1人ごとに概ね5人程度の利用者の担当となり、他の職員に比して特に当該利用者の詳細を把握するように努める。担当はローテーション、利用者との相性によって変動がある。担当職員が常時施設にいるわけではないため、生活支援員全員が支援計画の内容を確認し、月に1回会議を開催して、問題点等の共有に努めている。
第2 行動障害への支援、亡早亨の事故前の状況について
1 行動障害の支援
(1)原告が主張するような、行動障害を持つ利用者の問題構想を把握し、その前後の状況や利用者の状況を把握・分析することでその原因を探索し、原因となる要素を取り除き、行動障害が軽減される方向へ導くという支援方法は、 H においてもまさに日々実践している対応である。
H では、上記のとおり担当職員作成した個別支援計画を生活支援員全員が把握するとともに随時会議で問題点の共有に努め、起床・就寝の状況、日中の活動状況、食事の状況、トイレの状況などを詳細に記載したケース記録を作成し、利用者の状況を常に把握するよう努めている。また、勤務交代時には記録と口頭で引き継ぎを行い、交替職員が利用者の状況を把握できる体制を整えている。
(2)もっとも、行動障害の支援は容易なものではない。もとより障害者自立支援施設は医療機関ではなく、障害の根治や治療は目的としていないし、また不可能である。支援施設においては、障害の存在を前提にして、利用者にとって落ち着くことができる環境のもと、生活リズムを整え、それぞれの職員が繰り返し一貫した対応を積み重ねることにより、行動障害を減らしたり、利用者ができることを増やす方向に導く、仮に改善がなくとも変わらず支援し続けることによって利用者の生活をよりよいものにしていくことが障害者自立支援のあり方であり、被告においてもこれを念頭において支援を行っている。
(3)原告は、適切な支援さえ行われていれば行動障害が改善され幄減に向かうかのような主張を行うが、同主張は行動障害の実態を適切に理解していない。
重度の知的障害や自閉症を持つ人においては、環境からもたらされる刺激や情報を適切に受容することが困難なことが多く、刺激や情報がもたらす不安や不快感、要求がいわゆる問題行動として発露するのが行動障害である。施設への入所時には保護者と面接を行い、利用者の行動障害について聴取することになるものの、重度の知的障害や自閉症を持つ人は、施設入所時までも他の施設や医療機関に入所している場合が多く、保護者でも行動障害の具体的な内容やその原因を把握していないこともある。そのような状況のもと、施設での生活と支援を通じて行動と原因を把握していくことになる。行動障害は1回だけで終わる場合も稀にあれば、同じような行動が何度も繰り返される場合もあるが、その人にとって何が刺激であるのか、何が不快なのかを直接コミュニケーションにより感得することができない場合が多いため、前記のように前後の状況や本人の状況を斟酌して原因を探っていくことになる。しかしながら、直接のコミュニケーションが困難である以上、そのような観察を重ねて何が原因でそのような行動に出るのか支援員がわかることもあればわからないこともあり、原因と考えられる事象、環境的要因を除去する、変化させることにより試行錯誤を繰り返す他ない。
また、重度の知的障害や自閉症を持つ人は、力の加減や行動の自制が困難なために、支援者が問題行動を制止することが困難だったり、環境や刺激によってパニックを起こし、それが他の利用者に伝わり連鎖反応的にパニックが起こることもある。
このような前提のもと、利用者にとって落ち着いた環境を整え、生活のリズムを整えていくことが自立支援であるといえ、現実の対応は、資格・経験を有する施設職員にとっても容易ではない。
2 亡早亨の障害の状況
(1)亡早亨の問題行動は、食事をかき込んでしまう、いろいろなものをつかむ、さわる、着ている服をやぶく、常に動き回るなどの多動や、女性職員の手をにぎるといった行動、顔をかく自傷、失禁などであった。
食事については小皿に分けてロに運ぶことで、落ち着いて食べることができるようになっていった。失禁については、特に精神的に不安定になっているような時に多く見られ。そのなかでも、帰宅後に施設へ戻った際に特に多くみられたために、当時の保護者であった母好美に事情を説明し帰宅を減らすことによって改善がみられたことがある。自傷については、アレルギーのため顔や身体をかきむしるというものであり、爪を切りそろえてもかきむしり、かさぷたになったところをまた掻き、治らない状態が続いていた。掻き壊しを防止するためにガーゼなどを貼付しようにも、はがしてそのあたりに捨ててしまい、他の利用者がそれを口に入れてしまうような状況であり、ガーゼを貼るなどの対応は困難であった。
(2)入所以降の変化
H に入所後、亡早亨の問題行動は改善が見られた行為、収まったり再開した行為などがあるものの、全体としては軽減され、徐々に落ち着いた生活ができるようになっていった。
すなわち、平成19年の個別支援計画(乙9の1、乙9の通し頁1~11頁)では、第1回の支援目標として「他者の食事に興味を持たず落ち着いて食事をできるようにする」との目標が立てられており、3か月報告、6か月報告では便失禁や歯磨き時の水遊びなどの問題行動が報告されているが(同10~11頁)、平成20年3月作成の第2回個別支援計画(乙9の2、乙9の通し頁12頁~16頁)では、「他者の食事に興味を持たず落ち着いて食事をできるようにする」との目標については継続、「陰部を清潔にする」という便失禁を減らす目標が立てられている。第2回の3か月報告では、急いでかき込む、残飯をつかむなどの行為がみられること入所時みられたものの止まっていた放尿が再開し、一方で衣類を破る行為や自傷は止まっていることが報告され、同6か月報告では、食事を小皿に少しずうわけて渡していることや、一時帰省を中止したところ放尿がみられなくなったこと、衣類の破壊や自傷はみられないことが報告されている(同15~16頁)。平成20年12月作成の第3回個別支援計画(乙9の3、乙9の通し頁17~27頁)では、第2回と同様の目標が立てられているが。食事は少しずつ小分けにすれば落ち着いて食べられるようになっているが、3か月報告では放尿や便失禁が減り、自分でトイレに行ける回数が増えていたものの、6か月報告では放尿が再開したこと、放尿は2~3か月ごとに収まったり再開していること、放尿がはじまると衣類の破壊は終わることなどが報告されている(同20~21頁)。平成21年9月作成の第4回個別支援計画(乙9の4.乙9の通し頁22~27頁)では、「放尿・尿失禁の数を減らしたい。安定した生活を送る。」「ゆっくりなペースで落ち着いて食事をする。(20回/月以上)」との目標が立てられ、時間を決めてトイレ誘導することにより放尿・尿失禁が少なくなったこと、もっとも外出した後に放尿があり、不安定になり声を出していることも要因と考えられること、食事については小鉢で1ロずつ提供することで落ち着いて出来るようになっていっており、月20回の目標が3か月連続で達成できたことが報告されている(同26~27頁)。平成22年6月作成の第5回個別支援計画(乙9の5、乙9の通し頁28~32頁)では、「放尿・尿失禁の数を減らしたい。安定した生活を送る。」「ゆっくりなペースで落ち着いて食事をする。(25回/月以上)」との目標が立てられ、3か月報告では薬を変えたことで尿失禁が少なくなったこと、25回以上の目標はたっせいできなかったものの落ち着いて食事ができていることが報告され、6か月報告では外出後の放尿・尿失禁は保護者の協力で減ってきていること、食事については大幅に目標を違成したことが報告されている(同31~32頁)。平成23年3月作成の第6回個別支援計画(乙9の6、乙9の通し頁33~37頁)では、「放尿・尿失禁をせず、自発的にトイレへ行けるようにする」「ゆっくりなペースで落ち着いて食事をする。」という目標がたてられ、6か月後の検討では、尿失禁は激減し、自分でトイレに行く場面も見られるようになったこと、一口ずつ提供することで落ち着いて食事できており、2日にわたって見られたはき出す行為は一時的なものであったことが報告されている(同37頁)。平成23年10月作成の第7回個別支援計画(乙9の7、乙9の通し頁38~44頁)では、「 H の行事に参加する(2回/5か月以上)」「放尿、尿失禁なく生活する(15日/月以上)(※尿失禁、放尿を月15回以下にするとの趣旨)」「自分で歯磨き動作を行い、磨きチェックを受ける(15回/月以上)」との目標が立てられ、行事参加と歯磨きについては目標を達成したこと、食事は落ち着いてできていること、6か月報告では尿失禁についても目標を達成したことが報告されている(同43~44頁)。
第3 本件事故前の状況、被告の注意義務違反
1 総論
上記の経過のとおり、亡早亨の行動障害は、 H に入所後、一進一退しながらも徐々に改善されてきていた。
そして、本件事故の前年度、および本件事故の直前には亡早亨の状況は相当落ち着いており、本件事故当日に亡阜亨が無断外出するとと、ショッピングセンターでドーナツを喉につまらせて窒息することは、被告にとって予見可能性がなかった。
2 平成24年4月の個別支援計画
本件事故の直近に作成された平成24年4月の第8回個別支援計画(乙9の8、乙9の通し頁45~51頁)では、「行事に参加し外出先で飲食する(1回/5か月以上)」「失禁なく、散歩に出かける(10回/月以上)」「声かけにて丁寧に歯を磨き、歯磨きチェックを受ける(30回/月以降)」との支援目標がたてられている。なお、このときの担当職員は SY 支援員であり、その前の第7回の担当者も同様であった。
上記のとおり、亡早亨の支援計画は主として食事・排泄・歯磨きに関するものであったが、平成19年から4年の間に食事は職員の見守りのもと一口ずつ落ち着いて食べられるようになり、便失禁はなくなり尿失禁についても一進一退しながらも徐々に回数が減っていき、歯磨きの目標も達成できる状態になっていた。その過程を経て、食事と排泄のコントロールに関する目標が、外出先での飲食、排泄に変化し、歯磨き目標の回数も増やされている。
6か月後のモニタリングでは外出先での飲食、排泄については目標達成となり、歯磨きについては目標未達成であるものの前回までの目標は達成している状況で(乙9の8、50頁)、12か月後には食事、排泄、歯磨きの目標を達成し、「布団運びのお手伝いをする。(5回/月以上)」という、問題行動をなくす方向ではない、新たな目標も立てられるまでになっていた(同51頁)。
3 本件事故直前の状況
(1)1週間前~当日までの状況
このように亡早亨の行動障害は徐々に改善されてきていたところ、平成25年3月22日の本件事故の直前期においても、ほとんど問題行動は見られないようになっていた。
すなわち、本件事故の一週間前から当日までに見られた問題行動は、同月15日1時、16日5時30分。18日6時20分、21日6時の水飲み行動(乙10の通し頁334~336頁)、21日13時30分と、無断外出直前の22日9時の尿失禁(同336頁)のみであり、記録すべき問題行動がない日も17日、20日と2日ある状態で、盗食や一気に食事をかき込んでしまうことはなかった。
さらに当日は、夜間良眠し起床後朝食を摂取し、丁寧に歯磨き、歯磨きチェックを受け、布団運びの手伝いまで行っている状況であった(乙10336頁)。
(2)天使の扉について
亡早亨は、本件事故当日、指先運動、リズム運動、マット運動を行った後、天使の扉を行き来しながら過ごしてた。
ここで、天使の扉の設置場所や扉の仕組み等については既に主張したところであるが、この扉は施設の中では唯一施設外の様子を垣間見ることができる場所である。前述のとおり H の建物はガラス窓を多く設けており、中庭や庭の様子をみることができる場所は多いが、施設外部の様子を少しでも窺うことができるのは、外へ通じる扉である天使の扉だけである。
そのため、亡早亨のみならず他の入所者も、外の様子や出入りする人の様子を窺おうと天使の扉の前に立っていることはよくあったし、亡早亨もこのような行動に出たことは事故当日が初めてではなかった。亡早亨がこのような状況に出ていた原因として、被告としては、事故当時には亡くなっていた母好美が、施設へ亡早亨を尋ねてきた際に天使の扉の外側に立つて中の様子を見ていたことがあったため、亡早亨は母が来ていないか確認したいという思いから天使の扉の前に立っていたのではないかと考えており、実際に亡早亨が施設から無断外出したこともなかったことから、こうした行動が問題行動であるとはいえない。
もっとも、入所者が天使の扉の前に立っている際には職員が声かけをして他の場所へ誘導しており、本件事故までに H において利用者の無断外出による事故が発生したことはなかった。加えて、既に主張しているとおり、亡早亨は入所後本件事故までの間に施設から無断外出したことはなく、外出時に集団から無断で離脱して近隣のセブンイレブンへ行ったことが1回あるのみであった。
事故当日も、亡早亨は天使の扉の前に立ちながら、職員の声かけで戻ることを繰り返しており、その際、実際に扉から出て行こうとするような様子はなかった。
3 当日の状況、予見可能性
(1)事故直前に亡早亨の対応を行っていたのは SY 支援員(以下「 SY 支援員」という。)であるところ、 SY 支援員は当日は朝9時から夜6時の日勤であり、夜勤明けの職員からケース記録と口頭で引き継ぎを受け、亡早亨の状況は把握していた。夜勤から日動の引き継ぎは、前日夜12時までの分はケース記録を印刷したものと、記録で伝わりにくい部分については口頭で、それ以降の分については口頭で引き継ぎが行われる。
SY 支援員は、亡早亨は非常に落ち着いた状況であると引き継ぎを受けており、姿が見えなくなる直前まで、亡早亨がパニック状態にあるといったことや、状況の変化を読み取るべき行動も起こっていなかった。9時30分に失禁しているが、上記の支援計画で継続して失禁についての目標が掲げられているとおり亡早亨の尿失禁は入所後継続しており、前日13時30分にもあったこと、そのほかに不安定さ、不穏をあらわす行動がなかったことから、失禁をもって亡早亨の状態が著しく変化したと考えることは不適当かつ不可能で、かかる予見義務もない状況であったといえる。
(2)姿が見えなくなる直前、 SY 支援員は亡早亨が靴下を履いていなかったことから靴下を取りに行こうと考え、同室内に居た TM 支援員ほかの職員に、靴下を取りに行く旨を告げてその場を離れている(乙20、職員配置図参照)。 H では、職員がその場を離れる際には同所にいる他の職員に常に声かけすることが施設の方針として徹底されていた。声かけは特定の職員ではなくその場にいる者全般に対し行う。亡早亨はこのように靴下を脱いでしまうことはよくあり、職員の誰かが取りに行くといったこともよくあった。
上記のとおり亡早亨の状態は落ち着いており、 SY 支援員としても。亡早亨が不穏な様子だったりパニックを起こしたりしていればその場を離れることはなかったが、そのような様子もなく、他の職員においても亡早亨が無断で外出してしまうことは全く予想ができないことであった。
(3)その後、 SY 支援員がその場を離れてから10分後には施設内の捜索が開始され、さらに15分後には施設外の捜索が開始されている(乙4)。
このとき、以前に散歩中に離脱した際に向かったセブンイレブンは、その以前に何度か母と訪れたことがあるとのことであったため、今回もセブンイレブンに行っているのではとの予想が立てられた。施設の散歩や外出で A に行ったことはなく、被告においては亡早亨がそれまでに A に行ったことがあるかないかを把握しておらず、 A に向かったとの予測は困難な状況であった。さらに、施設外の捜索を開始してから8分後の10時23分には A から亡早亨がドーナツを無銭飲食し喉につまらせて意識がないため救急要請した旨の電話があった(乙4)。
H から A 〇〇店までは約1キロメートルで徒歩約13分以上の距離である(乙21)。 SY 支援員が靴下を取りに行ってから上記 A からの入電までは約33分しかなく、その間に亡早亨が無断外出のうえ A ヘ行きドーナツを無銭飲食して窒息することは、到底予測不可能といえる。
(4)予見可能性がないこと
以上からすれば、被告ないし SY 支援員を含む H の職員にとっては、本件事故当日亡早亨が無断外出すること、およびそれに引き続き A に向かって同所でドーナツを無銭飲食することは予見が不可能であったといえ、本件事故による亡早亨の死亡に際して、被告に過失はないといえる。
「原告準備書面9」
本準備書面では,被告第6準備書面ないし同第8準備書面記載の積極主張の部分について,再反論するものである。ただし,これまでの主張と完全に重複する部分については省略する。
第1 被告第6準備書面に対する反論
1 実質的平等
被告は,原告の主張する「障害」という概念が一義的でなく,「障害を持たない人」という前提を仮に「就労条件に大きな制限がない人」と想定し得るとしても,個々人の能力,職種,稼働実績,現実収入,将来の就労可能性は個々人によって異なるので,逸失利益を一律に決めるのはかえって実質的平等に反するという趣旨の主張をしている(2頁9行目~17行目)。
しかし,このような被告の主張こそが,まさに原告が指摘する「人間は金を生み出す機械である」とみる考え方に基づくものであり,その不合理性については,原告準備書面(7)で詳述したとおりである。
本来,人間の生命は金銭に換えることはできないものであり,かつ,生命の価値が平等であることからすれば,原告の主張する損害賠償の定額化こそが憲法第14条の保障する法の下の平等にも合致する。
2 死亡慰謝料
(1)被告は,死亡慰謝料に関し,交通事故のように日々発生しているとは言えない事故類型における施設利用契約に基づく債務不履行を理由とする損害賠償の場合に,ただちに青本基準が適用されるとはいえないと主張する(3頁4行目~6行目)。
確かに,本件は交通事故ではない。ただし,交通事故が何の契約関係にもない第三者から偶発的に受けた加害行為の問題であるのに対し,本件事故は元々契約によって亡早亨の生命身体を保護する義務を負っていた被告の過失により引き起こされた加害行為の問題である。そのことからすれば,むしろ,死亡慰謝料は青本の基準より高く算定されてしかるべきである。
(2)また,被告は,仮に無断外出につき被告の過失が認められるとしても,死亡に至る直接の原因(窒息に至るまでドーナツを口に詰め込んだ行為)は被告の積極的過失に基づくものではなく,このことは死亡慰謝料の算定にあたって考慮すべきと主張する(3頁7行目~12行目)。
しかし,これまでも述べてきたとおり,亡早亨は食事の際に他の入所者の食べ物を盗食してしまうことが度々あったので,毎年作成される支援計画書の中の支援目標には「他者の食事に興味を持たず落ち着いて食事をできるようにする。」との記載があった(乙9の2頁,同13頁,同18頁)。また,過去には亡早亨は無断でコンビニに行ってお菓子を無銭飲食をしたこともあった。このように,亡早亨は食べ物に強い執着があることを示す行動を繰り返していた。よって,亡早亨が無断外出をすれば食べ物のある場所に行く可能性は極めて高い。このことを被告側も十分認識していたことは,亡早亨が無断外出したことが分かったとき,職員らがかつて亡早亨が無断飲食をしたコンビニに探しに行っていることからも分かる。
また,早亨は常日頃から,自分1人で食事をさせると一気にたくさんの食べ物を詰め込んでしまう「駆け込み喰い」の癖があったことは下記のとおり行動記録にも記録されている。
・「カツ丼やパンなどを(中略)かき込むように食べてしまう」
(乙10の182頁4月13日の欄)。
・「(亡早亨が)パンを3つも食べたと言うため(中略) SY 支が口内に手を入れパンを掻き出す。」(乙10の261頁10月5日の欄)
・「(炭酸水を)一気に飲もうとするので,少しずつ飲めるように介助する。」(乙10の284頁11月27日の欄)
そして,食事の際には,必ず支援員が食事を小鉢に一口分ずつ取り分けて亡早亨に与えていたことは毎年の支援計画書や行動記録にも記載されており争いのない事実である。
よって,亡早亨が自分1人で食べ物を食べれば「駆け込み食い」をしてしまい咽に食べ物をつまらせてしまう可能性も大である。
このような事情からすれば,亡早亨が無断外出をしてしまえば,それだけで亡早亨が食べ物のある場所に行き食べ物を喉につまらせてしまう高度の危険性があったのである。よって,ドーナツを口に詰め込んだ行為について被告の積極的過失はないという事情は,何ら死亡慰謝料の算定にあたって考慮されるべきものではない。
(3)被告は,施設利用契約に基づくとはいえ本件事故に至るまでその生活を全面的に支援していたのであり,かかる事情も慰謝料算定にあたって考慮されるべきと主張する(3頁13~17行目)。
しかし,被告の行為は契約上の義務を履行したに過ぎない。しかも,契約上の義務すら十分に履行していないことは,すでに述べたとおりである。
よって,このような事情も慰謝料算定にあたって考慮されるべきものではない。
第2 被告第7準備書面に対する反論
1 「行動障害の予防義務」
被告は,当時,亡早亨が医師の診断書または公的な資料において「行動障害」ないし「強度行動障害」とされていたことは不知ないし争うとし(3頁8~10行目),「行動障害の予防」までが本件契約上の義務となっていたことも争っている(3頁13~14行目)。
しかし,すでに原告準備書面(6)及び準備書面(8)で詳論したように本件の被告に法律上も契約上も少なくとも行動障害を予見し適切な対応をする義務があったことは明らかである。
2 平成21年10月8日保護者面談記録(乙7の137頁~139頁)
(1)被告は,原告の主張について,施設での尿失禁の原因が亡早亨のイライラにあったかのような引用は不適切であると主張する(5頁11行目~6頁1行目)。しかし,以下の理由から,被告の批判はあたらない。
記録を見ると, SY 支援員が母に対しお漏らしの原因について「季節の変わり目って言うのもあると思いますが。自宅ではお漏らしはありますか?」(乙7の39の1枚目本文7行目~8行目。この時点ではパンツや靴下の話は出ていない)と質問したのに対して,母は亡早亨がお漏らしをするとパンツや靴下を脱ぐことや服を破ることを説明した上で最後に「イライラしているとそういうことをやる。原因はないと思います。先ほど言われれた季節の変わり目が影響していると思います。」(乙7の39の1枚目本文14行目~15行目)と答えている。つまり, SY 支援員がお漏らしの原因である可能性があるものとして言及した「季節の変わり目」という言葉が母の説明の最後にも再び出てくるのである。そのことからしても,(パンツ,靴下,服などの話も出てくるが)この SY 支援員と母の会話における中心的な関心事はあくまでもお漏らしの原因であることがわかる。
よって,母の「本人がイライラしてしまうんだと思います。何かイラッとしてそのような行為をするんだと思います。」との部分(乙7の39の1枚目本文9行目~11行目)の「そのような行為」とはパンツを脱いでしまう行為のみを指すのではなく,お漏らしをしてパンツが濡れるとパンツを脱いでしまうという一連の行為を指しているものと考えられる。
よって,被告の主張はあたらない。
(2)また,被告は,尿失禁に関する母親の発言に対する応答がないという原告の主張は誤りであると主張している(6頁1行目~5行目)。
しかし,記録を詳細に見ると,上述の通り,尿失禁について母が詳細に説明したにもかかわらず,これに対し SY 支援員は,「少なくなってきています。」との現状は述べているが,今後の具体策については何も触れず,一方的に話題を睡眠の話に移している。まるで尿失禁の話題を早く終わらせたいかのようにさえ思われる。このような SY 支援員の対応を「応答がない」と評価するのは適切である。
(3)また,被告は,一度に食事をかき込んでしまうことも改善されていることが述べられているにもかかわらず,その前の部分だけを引用するのは不適切であると主張している(6頁10行目~7頁2行目)。
しかし,これまでの主張において被告は亡早亨がドーナッツを口につめこんで喉につまらせることについて予見可能性はなかったと繰り返し述べている。このことを踏まえて,原告は被告の管理者である HR 職員自身が亡早亨の駆け込み食いについて言及していることを指摘したのである。その続きの部分で確かに詰め込み食いについての施設内での対応方法が述べられているが,そのことは駆け込み食いに対する被告の予見可能性を左右するものではない。よって,そのような重要ではない部分についてまで原告が言及しなければならない理由はない。
3 平成24年3月22日保護者面談記録(乙7の129頁~130頁)
HR 職員は,生活リズムを崩すような急な外出は控えて欲しい旨伝えているのであり,家族に責任を押しつける趣旨ではないと主張している(8頁12行目~22行目)。しかし,この批判もあたらない。
被告も述べる通り,面談記録は全発言をそのまま記録したものではなく,記録された発言だけでは分からないこともある。そのことは原告も認める。
ただ,そのことを前提に述べてよいのであれば,記録には十分にあらわれていないが, HR 職員の母に対する態度は常に極めて高圧的であった。原告が指摘した HR 職員の発言部分にわずかにそのことがうかがわれるが,実際には,悪いことの責任を常に家族に押しつけようとする強い態度であった。
このように,面談記録の解釈において実際の事実に近いのは原告の主張であり,被告の解釈は事実とは全く異なるのである。
第3 被告第8準備書面に対する反論
1 厚生労働省令「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく障害者支援施設の設備および運営に関する基準」
被告は,上記省令に,施設の施錠や入退出の管理にかかる規定は設けられていないと述べ,(緊急やむを得ない場合を除き)「身体的拘束その他利用者の行動を制限する行為(以下「身体拘束等」という)を行ってはならない。」との規定の存在に言及している(2頁13行目~18行目)。
しかし,上記規定は,何もしなくてもよいという話ではない。施設入所者の生命・身体の安全が確保されていることが当然の前提となっている。施設を運営するものが入所者の生命・身体の安全を確保する義務を負うのは当然のことであり,上記規定はその義務を免除するものではない。
2 行動障害の支援
(1)被告は,行動障害を持つ利用者に対し,状況の把握,分析,原因となる要素の除去等の適切な支援を行っているという趣旨の主張をしている(4頁8行目~17行目)。
しかし,亡早亨の行動記録を見る限り,適切な支援はやっていない。状況の把握が十分でない上に,分析と原因となる要素の除去についてはほとんどなされていない。そのことは原告準備書面(8)において詳細に述べたとおりである。
(2)また,被告は「原告は,適切な支援さえ行われていれば行動障害が改善され軽減に向かうかのような主張を行うが,同主張は行動障害の実態を適切に理解していない。」と主張する(4頁下から2行目~5頁2行目)。
しかし,原告の主張は,客観的な記録や文献での報告例に基づくものであり,主観的な考えを述べているのではない。
また,原告は,改善される可能性があるにもかかわらず被告がその可能性を追求していないことを指摘しているのであって,誰でも必ず改善するとの極論を述べているのではない。
よって,被告の批判はあたらない。
3 予見可能性
(1)被告は,本件事故の前年度,および本件事故の直前には亡早亨の状況は相当落ち着いており,被告にとって予見可能性がなかったと主張する(8頁13行目~16行目,11頁15行目~18行目も同旨)。
しかし,亡早亨が相当落ち着いていたとの主張は客観的な根拠に基づいていない。
まず,当日の亡早亨の行動については,失禁をして靴下をぬらしてしまったこと,天使の扉と食堂を行き来していたこと(乙10の336頁)は争いのない事実である。よって,事故当日,亡早亨が「相当落ち着いていた」とは到底言えない。
また,被告が言うように前年度から本件事故日までの期間をみても,平成24年4月1日のアセスメントシート(乙7の79頁),平成24年9月30日のモニタリング記録(乙7の83頁)にも日中活動中に尿失禁してしまうことが記録されている。もちろん,部分的には亡早亨の行動で改善されたものもある。しかし,それらの事実から,無断外出をしないと思われるほどに「落ち着いていた」とは到底言えない。
(2)また,被告は,「亡早亨のみならず他の入所者も,外の様子や出入りする人の様子を窺おうと天使の扉の前に立っていることはよくあったし,亡早亨も,このような行動に出たことは事故当日が初めてではなかった。」(10頁2行目~4行目),「実際に亡早亨が施設から無断外出したこともなかったことから,こうした行動が問題行動であるとはいえない。」(10頁9行目~10行目)「本件事故までに, H において利用者の無断外出による事故が発生したことはなかった。」(10頁12行目~13行目)などとして,要するにこれまでは問題が生じなかったことから亡早亨の無断外出については予見可能性がなかった旨の主張を繰り返している。
しかし,通常時も天使の扉が常に開放された状態だったにもかかわらずこれまで問題が生じなかったということであれば被告の主張も理解できるが,亡早亨(あるいは他の入所者)がこれまで無断外出をしなかったのは,天使の扉が閉まっており外出しようとしてもできなかったからにすぎない。本件事故当時に天使の扉は開いていたのであるから,被告の主張は重要な前提を欠いている。
(3)また,被告は,当日の経過を説明した上で,無断外出の上, A へ行きドーナツを無銭飲食して窒息することは,到底予測不可能と主張している(11頁19行目~12頁4行目)。
被告が当日の経過を細かく主張する趣旨は,要するに亡早亨がいなくなったことに気付いた施設職員はすぐに亡早亨の捜索を開始したが,短時間で亡早亨が窒息をしてしまったので間に合わなかったということのようである。
しかし,問題はそこではない。本当の問題は, SY 支援員がその場を離れた後,亡早亨を誰もみていない状況ができてしまったことと,そして,そのとき天使の扉が開いていたことである。本件の問題点を深く論じるのであれば,誰もみていない状況ができてしまったことについては, SY 支援員が声をかけた他の職員が具体的にどのような行動をとっていたのか,天使の扉が開いていたことについては,扉が開いていた理由や時間などを明らかにする必要がある。にもかかわらず,これらの問題点に触れることなく,亡早亨が無断外出した後の対応についていくら論じても意味がない。無断外出に気付いてからでは,いくら迅速に対応したとしても手遅れなのである。
また,被告の主張は予見可能性の意味を不当に狭めている。原告は,亡早亨の行く場所が「 A 」で,口に入れるのが「ドーナツ」であることまでの具体的な予見可能性を論じているわけではない。「食べ物のある場所」に行き「食べ物」を口に入れることについて予見可能性があったと主張しているのである。上述の通り,これまでの亡早亨の行動からすれば,無断外出をしてしまえば,それだけで亡早亨が食べ物のある場所に行き食べ物を喉につまらせてしまう高度の危険性があったのであり,被告にはその予見可能性は十分あった。
第4 まとめ
以上の通り,被告の主張は,何ら被告の責任を減免する理由にはならない。
「訴状」
請求の原因
第1 当事者
訴外鶴田早亨(「つるたはやと」。昭和59年6月22日生。)は、先天性の自閉症があり、 H の入所利用者であった。
原告は、早亨の兄である。
第2 早亨の人生
1 家族構成
平成7年8月,早亨の両親は離婚した。
2 経歴
平成 8年 小学部卒業
平成12年 中学部卒業
平成15年 高等部卒業
養護学校卒業後,早亨は社会福祉法人 O 福祉会の知的障害者授産施設「 HT 」に3年ほど通所した。
平成18年7月,以下に述べる理由により,早亨は被告の経営する H に入所した。以降,本件事故が起きるまで早亨は H を入所利用していた。
3 H に入所した理由
平成14年ころ,好美に乳ガンが見つかった。そのため,好美自身の治療も必要になった。
平成18年ころ,好美のガンが再発した。そのため,早亨の面倒を十分見ることができなくなってきた。
そこで,早亨を預ける施設を探し始めた。好美にとっては苦渋の選択であった。本当は好美は自分で世話したかったのだろうと思われる。しかし障害者の早亨にとっては専門の施設で早く落ち着いて生活できることが本人の幸せなんだと好美は自分に言い聞かせているようだった。また,もう一つは,自分の死後,原告の負担を軽減するという目的もあったものと思われれる。
いくつか施設を見て回ったが,最終的には,平成18年7月,早亨は自宅に近い H に入所することとなった。
4 入所者の家族と施設側との関係
入所時の面談やその後の懇談会などで,好美と原告は,早亨の性格や行動について詳細に説明した。早亨は世話をしている者が目を離すとすぐにどこかに行ってしまうことがよくあり足も速いことから,「目を離さないで欲しい。」ということを特に繰り返し要望した。
しかし,要望や質問をしても納得の出来る答えがかえってくることはほとんどない。子どもをどこかに預ける保護者には多かれ少なかれこのような悩みがあるが,障害者施設の場合,より深刻である。
その後,現場の責任者になった HR 氏も,保護者の話を聞いても「わかった。わかった。」と言うが,話を真剣に受け止めようとはしなかった。懇談会や遠足等の度に好美や原告は,早亨の生活面についての注意点を説明したが,何年経っても被告の対応状況は変わらなかった。 HR は「○○人に1人という体制でみておりますので,早亨さんにつきっきりには出来ません。」とか「早亨さんだけ特別扱いには…」などと言っていた。
保護者としては,施設側に直接言い過ぎると施設から子供への印象が悪くなることが心配されるし,全く何も言わないと施設の問題点を指摘することができず問題点が改善しない。
このような事情のため,好美と原告も施設への対応に悩んでいた。
5 1回目の抜けだし
本件事故の数年前,早亨は,日課である散歩中にどこかへ行ってしまったことがある。
現場責任者である HR は好美に対して,「早亨君が勝手にコンビニのお菓子を食べた。そんな行動をするなんて,聞いていない。」と怒った口調でしかった。
一方で,このとき施設側の管理に問題がなかったのかという検討は全くなされなかった。
6 母の死亡
平成24年5月15日,母好美はガンのため死去した。
その後は,原告が早亨の面倒をみることになった。
第3 本件事故の経過
1 本件事故
平成25年3月22日,早亨は,施設を抜け出して外部に出た。そして,施設近くにあるスーパーマーケット(アピタ)に行き,そのテナントの一つであるミスタードーナッツに陳列してあったドーナッツを食べて喉につまらせた。その後,救急車で病院に運ばれたが,その日のうちに死亡した。
2 原告が駆けつけたときの状況
救急隊が到着した時,すでに早亨は心肺停止状態だった。救急隊が詰まった食べ物を出来る限り取り除いたが意識は戻らなかった(甲第3号証)。原告が連絡をもらったのは,早亨の搬送先の病院がまだ決まっていないという段階だった。
第4 事故後の経過の概要
1 葬儀など
2 事故状況説明会
被告側の態度には,反省も謝罪の気持ちも全く感じられなかった。
3 第1回目の話し合い
4 第2回目の話し合い
逸失利益を含めて1800万円,治療(限度8400円)葬儀費用(限度60万円)は実費を支払うとの提案があった。そして,「これが最終回答」と述べた。
5 通知書の発送
6 被告の回答
7 交渉
その後,双方の代理人間において交渉が行われた。しかし,双方の主張の隔たりが大きく,合意に至ることはできなかった。
第5 責任原因
1 債務不履行責任
被告は,原告及び早亨に対して,入所利用者である早亨の必要な保護を行い,その生命,身体の安全確保に配慮する安全配慮義務を負担している。
被告の回答書(甲第8号証)記載の内容を前提としても,少なくとも,次の点で被告には入所者に対する安全配慮義務違反が認められる。
(1)目を離さないようにと言われているにもかかわらず,担当職員が早亨から目を離したこと。
(2)早亨が出入り口付近にいたにもかかわらず,扉の開閉時に利用者が抜け出さないよう人を置くなどの配慮を怠ったこと。
(3)以前にも同じようなことがあったので,抜け出した早亨が食べ物が並んでいるお店に行くことは容易に推測できたにもかかわらず,コンビニやスーパーを探すのが遅れたこと。
2 不法行為責任
早亨は,被告の事業の執行につき,死亡したものであるので,被告は民法715条に基づく責任を負う。
第6 損害額
1 早亨に生じた損害
(1)逸失利益 金4163万3792円
(2) 慰謝料
早亨は自らの重度の障害と直面しながら,必死に生きてきた。早亨の人生にはまだ無限の楽しさと豊かさが待っていた。その豊穣な可能性をわずか28歳の若さで失ったその精神的苦痛は察してあまりある。よって早亨の生じた慰謝料は2500万円をくだらない。
(3) 合計
以上により,早亨に生じた損害は6663万3792円となる。
2 相続
3 近親者固有の慰謝料
原告は,好美に代わって早亨を面倒見ていくことを決意していたにもかかわらず,好美の死後1年もたたずに,早亨が亡くなったことにより,原告が被った精神的苦痛は人生を喪失したに等しく計り知れない。よって,原告の近親者固有の慰謝料としては300万円を下ることはない。
4 弁護士費用
5 損害
6 既払い金,損益相殺
7 最終の請求額
第7 本件の提起する本質
1 問題の提起
本件訴訟において原告らが提起する問題の本質は,知的障害があり,自閉症であることを理由にこの世にたった一人しかいないかけがえのない個性をもった亡早亨君の生命が奪われたことに対する損害賠償額が通常人の4分の1に満たないとする被告主張の不当性を根源から問うことにある。
死亡事故は決して取り返しがつかない。死者を返してほしいという遺族の願いは,この世で最も不条理に拒まれる不可能な願いの一つである。違法に奪われた命に対する取り返しがつかないまでも,せめてもの償いが現行法では損害賠償の形を取る。
いうまでもなく,賠償の対象になっているのは,違法に奪われた命そのものであり,命そのものに対する原状回復に代わる賠償である。命に対する補償がその本質であることは異論があるまい。だとすれば,命に対する賠償額が,その属性によって左右されること自体,本質的な問題がある。これは個人の尊厳を基本的人権の根底に置き,合理的理由のない差別を禁止する憲法の価値観と深く関わる問題である。
被告の姿勢は,知的障害者の命は,通常人以下にしか値しないと宣言するに等しいのである。
被告「答弁書」
第1 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する
2 訴訟費用は原告の負担とする
との判決を求める。
第2 請求の原因に対する認否・主張
1
2
(1)
(2)
(3)
(4) 4「入所者の家族と施設側との関係」について
ア.入所時の現場責任者が YS 理事であったこと、その後 HR 職員に変更されたことは認め、その余の事実は不知、意見は争う。
イ.亡早亨の保護者(原告、母)との面談時、保護者らは被告に対し、亡早亨に対しては職員が常にマンツーマンで対応してほしい旨を要望していたが、多数の利用者がいる施設ではそのような対応は難しい旨をその都度説明し、理解を得ている。
(5) 5「1回目の抜けだし」について
ア.HR が亡早亨の母を叱ったこと、施設側の管理に問題がなかったか検討がされなかったことは否認する。
イ.亡早亨が散歩中に入所者の集団を抜け出したことは、 H で設置しているヒヤリハット委員会に当日中に報告がなされ、要因分析、その後の是正処置について検討し、是正処置は翌平成23年6月30日に完了報告がなされるまで徹底され、同様の事例は発生しなかった(乙2-1)。
3 第3「本件事故の経過」について
(1)1「本件事故」は概ね認める。
4 第4「事故後の経緯の概要」について
(1)
(2)
ア.「事故状況説明会」と称したことは否認し、被告側が反省も謝罪の気持ちも全く表さなかったことは否認ないし争う。
イ.被告側の5名の出席者全員で原告らの話を聞き、謝罪を行った。
(3)このときも被告は原告らに亡早亨のアルバムを手渡した。
ア.「これが最終回答」と述べたことは否認する。
5 第5「責任原因」について
(1) 1「債務不履行責任」について
ア.原告は契約当事者ではない。
イ.亡早亨の姿がみえなくなった後、コンビニやスーパーを探すのが遅れたことは否認し、被告が入所契約上亡早亨から常に目を離さない義務を負っていたことは否認ないし争い、被告が亡早亨に対する安全配慮義務を怠ったことは争う。
(2) 2「不法行為責任」は争う。
(3)原告主張の責任原因については、下記旧釈明事項に対する回答を待って詳細に反論する。
(4)
(5)
(6)原告主張の損害については追って詳細に反論を行う。
7 第7「本件の提起する本質」について
いずれも事実は不知、意見は不知ないし争う。
8 よって書きは争う。
第3 求釈明事項
1 債務不履行責任について
(2)原告が主張する契約上の安全配慮義務の具体的な内容について、特に次の点に留意して明らかにされたい。
ア.「目を離さないように」が契約上の義務の内容となっていたとの趣旨か。
また、「目を離さないように」とは具体的に何を求めるものか。例として、常時亡早亨1名に対し1名の職員を配置せよとの趣旨か。
イ.「扉の開閉時に利用者が抜け出さないように人を置くなどの配慮」が契約上の義務の内容となっていたとの趣旨か。また、かかる配慮は、本件事故当日のみに求める趣旨か、入所期間全部について求める趣旨か。
2 不法行為責任について
原告は、不法行為責任について「早亨は、被告の事業の執行につき、死亡したものであるので、被告は民法715条に基づく責任を負う」と主張するが、原告が主張する被告の不法行為の具体的内容が明らかでないので、これを明らかにされたい。
「原告準備書面1」
原告は,被告の求釈明事項について,以下の通り回答する。
1,「目を離さないように」との義務
安全配慮義務の具体的な内容は,当然のことながら利用者の特性(例えば,年齢,体力,性格等)やその状況(例えば,利用者のいる場所,利用者の行動など)などによって異なる。
本件事故についてみれば,すでに訴状で述べたとおり,早亨は若くて(当時28歳)足も速くすぐにどこかに行ってしまう性格である。また,当時の状況についての被告の説明によると,早亨は(個別の部屋ではなく)共用部でリズム運動をしていたが,その最中に天使の扉(施設外部へ出る三重の扉のうち最も施設側にあるもの)に行こうとするので,その度に職員に声をかけられ戻ってリズム運動をするという行動を繰り返していた(甲第8号証2頁9行目から18行目)。
このような早亨の特性と当時の状況からすれば,再び早亨が天使の扉に行こうとしたら,そのことに気付くように常に職員の誰かが早亨に注意している必要がある。「目を離さないように」とは,このことを指している。そして,これは安全配慮義務の具体的な内容の一つであり,契約上の義務である。
ただし,この義務は職員1人が常に早亨に付き添っていることを要求するものではない。他の利用者の対応をしながらでも,早亨が天使の扉に行こうとしたらそのことに気付く程度の注意をすることは可能である。また,早亨に注意をしていた職員がその場を離れる場合には,他の職員に声をかけて早亨に注意する役割を引き継いでもらえばよい。この義務を果たすことは何ら難しくはないのである。
もちろん,常時早亨1名に対し1名の職員の配置を求めるものでもない。
2,「扉の開閉時に利用者が抜け出さないように人を置くなどの配慮」について
この義務も安全配慮義務の具体的な内容であり,契約上の義務である。
このような義務が生じるのは出入りが可能な扉の開閉時であり,扉が閉まっているときまで人の配置を要求するものではない。また,入所期間全部についての義務でもない。
3,不法行為
早亨が施設を抜け出した時に最後まで対応していた職員には、早亨の行動が予見でき、早亨の動静に注意し、自分がその場所を離れる際には、他の職員に声を掛けて動静に注意するよう引き継ぐことは可能であったのに、それを怠ったのであるから、過失が存在する。同時にそれは、安全配慮義務に反する内容であった。
安全配慮義務違反による債務不履行責任を問われることとなる。
「被告準備書面1」
第1 原告準備書面(1)に対する認否
第2
1債務不履行について
(2)①目を離さないことについて
原告は、常に1人の職員が亡早亨に付きそうことを求めるものではない旨主張するが、施設には多数の利用者がおり、常に職員の誰かが一人の利用者の動静に注意をはらっていることは困難であり、そのような対応が法律上求められるとはいえない。
また、亡早亨は、本件事故に至るまで施設から無断で外出しまたは抜け出したことはなかった。かかる事実からすれば、亡早亨が天使の扉に行こうとしていた事実をもって、常に誰かが亡早亨の動静に注意を払うべき契約上の義務が生じるとはいえない。
さらに、亡早亨が見当たらないことに職員が気付いたのは、亡早亨が靴下をはいていないことに気付いた職員が靴下をとりにいくため離れてから約10分以内であり、亡早亨はその間に施設の外へ出たと考えられる。職員らは、亡早亨がいないことに気付いてただちに捜索を開始しており、長時間外出に気付かなかったり、捜索を行わなかった事実はない。このことからすれば、施設の職員が利用者の動静に注意して安全に配慮すべき一般的な義務の違反があったともいえない。
②扉の開閉時の人員配置について
天使の扉は、施設の外側から開けることができるが内側からはあけることができない構造である。障害者支援施設において一般的に利用者の安全に配慮して施設からの無断外出を防止すべき義務があるとしても、このような扉の設置により義務は履行されているといえ、さらに扉の開閉を監視するため人員を配置すべき法律上の義務があるとはいえない。
(3)以上からすれば、債務不履行にかかる原告の主張はいずれも認められない。
2不法行為について
(2)予見可能性がないこと
原告が指摘する過去のコンビニで食べ物を食べた件は、施設からの外出時に亡早亨が集団から抜け出したことにより発生したものであり、施設から抜け出した本件とは異なる。また、その際亡早亨は、コンビニの商品の食べ物を食べてはいたが、それを喉につまらせてはいない。
このことから、以前の外出時の抜け出しの事実から、施設から抜け出してショッピングセンターの商品の食べ物を無断で食べ、喉に詰まらせるという本件事故を予見することは不可能である。
(3)無断外出と死亡との相当因果関係がないこと
以上のとおり、無断外出から亡早亨の死亡に至る機序を予見することは不可能であり、また、無断外出した後、ショッピングセンターで商品の食物を店員に無断で、誰かに静止されることなく食べ、喉に詰まらせ、死亡するという機序は、施設からの無断外出により通常生じるものともいえないから、無断外出と亡早亨の死亡との相当因果関係はない。
(4)以上からすれば、被告の不法行為責任にかかる原告が主張するは認められない。
「原告準備書面3」
本準備書面は、被告第1準備書面に対して反論するものである。
第1 被告の主張の概要
第2 亡早亨の障害特性について
1.コロニー中央病院の平成16年6月22日付け国民年金の障害給付申請用の診断書によれば、診断書発行時における亡早亨の状態について、「最重度の知的障害があり、日常生活に常に援助が必要な状況である。(双極性気分障害を合併しており、食事をそのまま出したり、尿便の失敗も気分の変動とともに増悪し、さらなる援助が必要となります。)言語表出は認めず、コミュニケーションは成立しない。計算不能で買い物も不能である。躁状態になると多動、興奮著しくなり、睡眠障害もともない、家庭での介護が困難な状態となる(月に1度のペースで躁状態となります)てんかん発作は、抗てんかん薬によりコントロール良好である。」(甲 号証)と記載されている。
2.甲16号証の日常生活能力の判定によれば、適切な食事摂取、身辺の清潔保持、金銭管理と買物、通院と服薬、他人との意志伝達及び対人関係、身辺の安全保持及び危機対応は、いずれも「できない」とされている。
3.亡早亨の母親は、亡早亨の障害特性について、被告に詳細に気付いた点を伝えている。具体的には、①~④(略)⑤外出時は、安定し、静かで目立たない時でも、すきを見て動き出す。早い動きですぐに見失うので注意する。不安定時、すぐに動くので手を離さない。外出時のトイレは、出かける時、到着時、途中、帰り、必ずトイレに行く。どんなに安定していても外出しているときは安心しないで、気を抜かない事、すぐそばにいても動きが早いことなど亡早亨を介護する上での具体的な留意点を被告に伝え、注意を促していた。
4.精神的な状態が悪い時には、食事を早く飲み込んでしまうため、ゆっくり食べるようコントロールすることを被告に要請していた。散歩中に亡早亨が行方不明となり、コンビニに行っていたことについては、「散歩中にコンビニに行った事は大変問題です二度とないように」と要請し、「外出時は必ず二人以上でお願い出来るように。」と被告に要望していた。
第3 被告施設の性格について
1.
2.障害者自立支援法42条1項は、(略)障害者等がその有する能力及び適性に応じ、(略)障害福祉サービス又は相談支援を当該障害者等の意向、適性、障害の特性その他の事情に応じ、効果的に行うように努めなければならない。」とされ、同条3項において、「指定事業者等は、障害者等の人格を尊重するとともに、この法律又はこの法律に基づく命令を遵守し、障害者等のため忠実にその職務を遂行しなければならない。」ことが定められている。
つまり、被告のような障害者自立支援法の下における施設入所支援事業を営む事業者は、(略)の介護等を行うことを契約内容としているが、そのサービス提供は、障害の特性に応じ、障害者の人格の尊重と障害者に対する忠実義務を負うものである。
3.亡早亨の障害特性を踏まえたサービスが提供されるべきであるし、障害者の生命・身体の安全を確保することは障害者施設として最低限の義務であり、かつ最大の義務である。
事業・職務の性格及び内容から当然に、施設での介護及びこれと密接な関係のある生活関係から生じることのある危険から利用者の生命・身体・健康に危害が生じないように万全の注意を払い、物的・人的環境を整備し、諸々の危険から利用者を保護すべき安全配慮義務を負うものである。亡早亨には自閉症・知的障害があり、双極性障害と診断されており、多動も見られたのであるから、そのような障害を預かる障害者施設としてはその注意義務も高度のものが要求される。
母が癌に罹患したために家庭内での介護が困難となった亡早亨とその家族にとっては、家庭内介護が困難となったためにやむなく選択した施設入所である。障害者を預ける際、家族は、障害者施設の専門性に期待し、信頼しているものであり、利用者である亡早亨が自閉症・知的障害・多動・双極性障害・てんかん等の障害あるいは疾病を持つものとしてその特性を当然配慮して指導・介護してもらえることを前提としているものである。
4.そして、以下に述べるように亡早亨の障害特性を前提とすれば、本件のような施設の無断脱出(これは、飛び出しとして自閉症の障害の一つである強度行動障害とされる行為である)は当然に予見できる行為であり、しかも、被告が明らかにしている現在の情報を前提としても、被告が適切な対応をしていないことが明らかである。
第4 本件飛び出しの予見可能性と被告の安全配慮義務違反
4.強度行動障害としては、直接的他害(噛みつき、頭突きなど)や間接的他害(飛び出し、器物破損など)、自傷行為などが含まれている。つまり、自閉症者には多動や衝動性、飛び出し等は珍しくない症状の一つであり、知的障害・自閉症者を受け入れる施設及び施設職員としては当然に認識しているべきものである。
5.本件以前の行方不明事件について、被告は外出時だったというが、精神状態が不安定な時(つまり亡早亨にとってストレスが大きい時)には、すぐに動きだすことがあり、手をつなぐ等の対応をしていなければ、その場から飛び出してしまうことがあることを示した事件である。
6.
(1)~ (4)
(5)以上のとおり、9時20分~9時30分頃までの約10分間に3回も天使の扉前に行っては職員に連れ戻されるという行動を繰り返している。
(略)
つまり、9時30分~9時50分の間、指先運動に興味を示さない亡早亨にはリズム運動で食堂を歩かせ、職員は全員他の利用者の対応に当たっていたのである。そして、その隙をつく形で何度も亡早亨は外部に通じる出入り口である天使の扉前に行っては連れ戻されていたのである。
(6)乙4号証には、靴下を取りに行った時点を「その時点で10:00」と記載されている。ところが、 SY 支が靴下を取ってきて戻ってきて亡早亨の姿が見あたらないことに気付いた時間も10:00と記載されおり、時間的な間隔がないこととされている。
(7)いずれにしても SY が靴下を居室まで取りに行って戻るまでの間、他の支援員は、他の利用者の対応をしていたためか、亡早亨の動静に注意していなかったため、亡早亨がそれまでにいた食堂からどちらの方で行ったのかすら全く把握していない。そのため、姿が見あたらないことに気付いた後、施設内の共用部、M棟、F棟を6人の支援員が探しに出かけている。
(8)被告は、「天使の扉は、外側から開けることはできるが、内側からは開けることができない構造である。障害者施設において一般的に施設からの無断外出を防止すべき義務があるとしても、この扉の設置によって義務を果たしている。」と主張しているが、外側から開けて入ってくる際に出て行くことが考えられ、天使の扉前に飛び出し等の特性をもつ障害者がいた場合には、外出できるのである。内側からは開けられない構造だから、無断外出防止義務を尽くしたなどと言うことはできない。
(9)この時点でも精神的に不安定な状態にあったことがわかる。
(10)以上のとおり、現時点までに被告が明らかにしている情報を前提するだけでも、目を離したら飛び出しを行う可能性のある亡早亨が、精神的に不安定な状態で、職員が目を離した隙に何度も繰り返し、外部に通じる天使の扉前に行っているのであり、亡早亨の障害特性に当日の状態を前提にすれば、多動あるいは衝動的な飛び出しによる外出の可能性はあったのである。
そうであれば、入所施設としては、このような飛び出しの危険性のある障害者が繰り返し外出できる扉のところに行っては連れ戻しされているのだから、目を離せば天使の扉の所に行き、訪問者が入ってくる際に出て行くことは十分に予想できたのである。それを防ぐために SY が靴下を取りに居室に行く際に亡早亨を一緒に連れて行くか、それができないのであれば、他の職員に亡早亨の動静に注意するように声掛けをすることは容易であって、それもせず、靴下と取りに行って職員の目から離れる空白の時間をつくったのであるから、被告に飛び出しによる危険性を防止する義務を怠った安全配慮義務違反があるのである。
第5 予見可能性の有無について
1.上記のとおり亡早亨の障害特性を考慮し、当日の亡早亨の行動を見れば、自閉症・知的障害・双極性障害により多動傾向の障害を有する亡早亨が、施設から当日、抜け出すことを予見することはむしろ容易である。
2.
3.また、知的障害者については、運動機能の発達に障害がある場合に摂食・嚥下機能障害があることは一般に知られた事実である。
(略)障害者福祉の現場では十分に予見できることであり、予見不可能な事態であったということなど到底できない。
第6 最後に
利用者には、自閉症や知的障害など必ずしも合理的行動が期待できない利用者が含まれているのであり、そのような利用者が一旦、施設外に出てしまえば、交通事故や本件の事故などにより、利用者の生命・身体の安全に危険が及ぶことは経験則上容易に想像できるところである。被告は、安全配慮義務の一内容として、利用者の無断外出を防止すべき安全管理体制を整えるべき注意義務があったのである。しかるに本件事故当日の被告の施設では、不安定であることが容易にわかる筈であるのに、亡早亨の動静に注意せず、度々、目を離して外に通じる天使の扉に何度も行かせ、遂には全くの空白の時間帯をつくったことによって、無断外出をさせてしまったのであり、その結果、遂に死亡という最悪の結果を招いてしまったのである。被告は、障害者の安心した生活をうたう専門施設である。被告の本件事故の対応は、安全配慮義務違反があることは勿論、本件事故の結果についても十分に予見可能であり、かつ、過失があることは既に明らかになっている情報からも明白である。
「被告準備書面2」
第2 説明について
1.靴下をとりにいった職員が最後に亡早亨を確認したのは、「天使の扉」とされている場所である。
2.原告のいう「頻繁」との趣旨が明らかでないので、頻繁か否かという点については回答を留保する。
天使の扉は、普段、職員が事務所に書類を取りに行く際などに通ることがある。
普段より天使の扉の開閉が多かったわけではない。
3.活動の場を離れる際には他の職員にその場を離れることを伝えており、目を離した際に他の利用者に危害を加えるような他害性があるなど高度に不安定な利用者でない限り、常に一人の職員が一緒に行動することは困難である。亡早亨はそれまで一度も施設の外へ無断で出たことはなく、靴下を取りに行くわずかな間に無断外出することは予見が不可能であり、また他害性があるといった事情もないため連れていかなかったにすぎない。
原告の当該求釈明は、亡早亨を一緒に連れて行くべきであったこと、すなわち常に一対一の対応をすべきことを前提としたものであると考えられるが、被告にそのような法律上の義務はなく、また施設運営上不可能である。
5.亡早亨が外に出るところを目撃した者はいないため不明であるが、天使の扉はいわゆるオートロックの形態であるものの、指を挟んだりしないように一般的なホテル等の扉よりもゆっくりと開閉するようになっているため、原告が例示するうち後者、すなわち出入りの隙に出た、と推測される。
6.出勤していた職員は10名である。事故当時の各職員の配置については乙4号証を参照されたい。
「原告準備書面4」
原告は,前回被告から提出された書証(乙第7号証~第13号証)及び被告第2準備書面について,以下の通り主張する。
第1 資料の追加の要求
1,服薬の記録
被告から提出された「ケース記録(利用者別)」には,確かに「就寝薬を服薬」などの記載が出てくる。
しかし,これだけでは服薬した薬の正確な種類・名称・分量が全く不明である。また,ケース記録には「就寝薬」以外の薬の服用の記載がほとんどないが,すべての服薬の事実が記録されているのかも疑わしい。その薬の種類・名称・分量が正確に記録されている資料の提出を求める。
2,議事録の黒塗りの部分
第13号証1及び3には黒塗り部分の部分がある。これでは会議の全体像が分からない。
上記黒塗り部分についても開示するよう求める。
第2 説明の補充の要求
1,天使の扉の鍵
2,事故当日の状況
第3 原告の再反論
1,予見可能性
被告から提出された記録を見ても,予見可能性があったことは明らかである。
(1)早亨が勝手に外に出てしまうことについての予見可能性
早亨の入所前の保護者との面談記録には保護者が次のように説明した記録が残っている(乙第7号証の15)。「無断外出→自宅では全て施錠している。特にハイな状態は要注意。外出時に少し目を離した間にどこかへ行ってしまう。」。このような保護者の説明が記録として残っているのは乙第7号証の15だけであるが,早亨の保護者は毎年行われる保護者面談の度に同じ説明を繰り返し行い,早亨が外に出てしまわないよう注意をして欲しいと要請していた。
また,本件事故当日のケース記録を見ても「(早亨が)天使の扉,食堂を行き来しながら過ごす」との記載がある(乙第10号証の27・9頁)。当日,早亨が天使の扉に繰り返し近づいていたことを認識しているのであるから,なおさら,被告としては,天使の扉が開いていれば早亨が扉から外に出てしまう可能性を十分認識していたはずである。
(2)食べ物を喉に詰まらせることについての予見可能性
早亨は常日頃から,自分で自由に食事をさせると一気にたくさんの食べ物を詰め込んでしまう癖があった(記録では「駆け込み喰い」という言葉が使われている)。この「駆け込み喰い」を矯正し,ゆっくりと食事ができるようにすることは早亨の生活上の大きな課題であった。
早亨の生活支援計画を見ても,毎回,この課題の克服が大きな目標の一つとして繰り返し掲げられている(乙第9号証の1ないし8)。
また,「ケース記録(利用者別)」(乙第17号証の1ないし27)を見ても,食事の際は,早亨に自由に食事をさせるのではなく,必ず支援員が食事を小鉢に一口分ずつ取り分けて早亨に与えていたことがはっきりと記録されている。この状態は事故当日まで続いた。
さらに,早亨のケース記録には平成24年10月5日の欄(乙第10号証の22・2頁)に次のような事実が記録されている。「 SY 支が見ていない隙に鳥山さんの所へ行きパンを盗食する。S さんがパンを3つとも食べたと言うため,詰まらせる可能性があるため, SY 支が口内に手を入れパンを掻き出す。抵抗はあるが全て掻き出す。」すなわち,本件事故の前にも,あわや早亨が食べ物を喉に詰まらせて事故になる寸前のところを支援員の咄嗟の対応で回避したという事件があったのである。
このように,被告には,早亨に自由に食べ物を食べさせると「駆け込み食い」をして喉に詰まらせることについての予見可能性も十分にあった。
2,被告の過失
(1)早亨を見失った過失
確かに早亨に他害性はなかったが,これまで原告が述べてきた早亨の特性からすれば「高度に不安定な利用者」には該当すると考えられる。
ただ,繰り返すが,原告は(早亨が「高度に不安定な利用者」に該当するか否かにかかわらず)入所者に支援員がマンツーマンで付き添う必要があると主張しているわけではない。支援員が複数の入所者に対して注意を払うことによって早亨に対して少なくとも1人の支援員が常に注意をしている状態を保つことは可能である。
(2)天使の扉の管理についての過失
被告は原告の「早亨が外へ出る直近に天使の扉を開けたのは誰か。」との求釈明に対しては,「不明」と回答し,「早亨が天使の扉から外に出られた理由」の求釈明に対しては,「不明」とした上で早亨が他の人が出入りするのに紛れて外に出たと推測されるとしている。
仮に施設内で支援員が入所者を見失ったとしても,外部に通じる扉において人の出入りがしっかりと管理されていれば,本件事故は起きなかった。
このように早亨が天使の扉から外に出られた原因は本件において重要な問題である。よって,被告は,早亨が外に出たと考えられる時間帯に天使の扉を通って出入りしていた者が誰か(職員,利用者,出入りの業者,訪問者など),その出入りのため天使の扉が開いていた時間はどれくらいなのか等,具体的に明らかにすべきである。
天使の扉の管理の状況について「不明」としか説明できないということは,被告が自らの過失を認めたに等しい。
「被告準備書面3」
原告準備書面(4)に対し、下記のとおり回答する。
第1
1.「服薬の記録」について
亡早亨の服薬の記録が本件事故といかなる関係を有するのか不明であるが、亡早亨に薬を処方していたクリニックが投薬の記録をまとめたものを乙14号証として提出する。
2.「議事録の黒塗りの部分」について
乙13号証の1ないし3の議事録の黒塗りの部分は、亡早亨および本件事故に関するものではなく、本件事故と関連性がないうえに、他の利用者の個人情報も含まれているので、開示しない。
第2
1.「天使の扉の鍵」について
外側から開ける場合には、施錠されていなければ扉の開閉に鍵は必要ない。
第3 その他の求釈明について
原告より口頭でなされた「防犯カメラ」についての求釈明に回答する。
原告が指摘する天使の扉の外のモニタは、ショートステイの利用者の保護者が、送り迎えの際に利用者の施設内での様子を見られるようにとの目的で設置されたものであり、この映像は録画されていない。
「原告準備書面5」
被告第3準備書面について,以下の通り主張する。
1,服薬の記録
被告からは乙第14号証が提出された。しかし,これは病院からの処方の記録であり,処方された薬についての早亨の服薬の記録ではない。そこで,改めて服薬の記録の提出を求める。
2,議事録の黒塗りの部分
「本件事故と関連性がない」とは被告の主観的な判断である可能性がある。関連性の有無は微妙な判断であることも多いので,支障が無いなら開示すべきである。
また,他の利用者の個人情報については当該個人情報の部分(氏名・住所・電話番号など)の部分だけを黒塗りにすれば足りるはずであり,文章全体を黒塗りにする必要性はない。
よって,原告は,被告に対して,上記黒塗り部分のうち他の利用者の個人情報を除いた部分を開示するよう求める。
「被告準備書面4」
原告準備書面(5)に対し、下記のとおり回答する。
1「服薬の記録」について
亡早亨の服薬を含めた健康状態については、既に提出したケース記録に記載されているとおりである。このうち服薬については、病院からの処方箋を処方通り服用した場合には基本的な記載がなく、処方薬を服用しなかったり、頓服薬を服用した場合に記載している。
被告が「健康管理の記録」の作成を怠っているとの原告の主張は理由がなく、また、当該主張が本件といかなる関連性を有するのか不明である。
2「議事録の黒塗りの部分」について
従前主張したとおり、乙13号証の1ないし3の議事録の黒塗りの部分は、亡早亨および本件事故に関するものではなく、本件事故と関連性がないうえに、他の利用者の個人情報も含まれているので、開示しない。
既に(略)議事録の一部を提出しているが、そもそも、原告が議事録の開示を求めるにあたっての要証事実および議事録と当該要証事実の関連性が不明であり、探索的な求釈明であるといえるので、提出を要しないと思料する。
「原告準備書面6」
本準備書面は、被告が利用者である故鶴田早亨に対して負うべき法律上の義務の内容について論じるものである。
第1 故鶴田早亨と被告との契約の内容
1 契約の目的及び被告の契約上の義務
(1)契約の目的
ア
イ 被告における契約上のサービス提供の目的が、地域生活への移行を念頭において、日常生活上の援助等を行うことで利用者が有する能力に応じて自立した日常生活を営むことを目的と定めている。つまり、亡早亨と被告との間の入所契約は、単に日常生活を営む場の提供だけではなく、その後の地域生活移行のための援助も目的としていたのである。
ウ
エ 契約書の文言は変わっているが、サービス利用契約の目的が、障害者の有する能力及び適性に応じた、自立した日常生活又は社会生活を営み障害者を地域で生活できるように目指していることに変わりはない。
(2)契約上の義務
4 つまり、被告が事業者として提供するサービスは、利用者である亡早亨の「障害程度に応じ」(第2条2項)、「個人の個性を尊重し本人の希望や状況に合わせて」(重要事項説明書5項(3)サービスを提供すべきことが定められているのである。
被告は施設サービスを提供するにあたり、利用者の障害程度及び心身の状況、置かれている環境等の的確な把握を義務づけられているのである。
2 被告が亡早亨に負うべき契約上の義務
被告は以上のとおり施設福祉サービス提供契約自体において、障害の程度に応じた、利用者本人の状況に合わせたサービス提供が契約上も義務づけられているのである。
第2 福祉施設における安全保護義務
1 厚生労働省の危機管理指針
(1)被告は、多数の利用者がいるので常時だれかが動静に注意することは困難で、法律上求められていないと主張するが、この主張は、入所施設における事業者として利用者に求められる最低限の義務すら被告が理解していないことを如実に示すものである。
ア 事実として、H のような入居施設において複数の利用者がいることは普通にあることだが、その事業者が多数の利用者がいるので利用者の動静を常時誰かが注意することは困難だから法律上求められていないと公然と主張することは凡そ福祉施設として考えられない主張である。
イ
2 指針におけるその他の対応
第3 亡早亨に対する適性なサービスとは
4. 甲20号証の「青年・成人期自閉症の発達保障」では、強度行動障害をもつ自閉症者が適切な支援の中で徐々にではあるが、発達している姿が語られている
強度行動障害を有する自閉症の利用者に対しても、様々な対処方針は研究・実践されており、それはすでに標準化されていると言われている。残念ながら、被告での亡早亨に対する対処は、表面的にはこれら標準化された対処をまねているように見えながら、安全対策の箇所で述べた見守りの必要性についての無理解のように、根底にある認識に欠如があり、その結果として、適切な対応ができなかったのである。その結果として、本件事故当日における亡早亨の事前の異常な行動の意味を察知することもできず、安全対策の基本である利用者から目を離さない、担当者が離れる際には声かけをして他のチーム員に依頼するという基本をとらなかったため、施設外への飛び出しを生んでしまったものである。すでに述べたようにその兆候は当日の亡早亨の行動に表れていたのであり、亡早亨が食物を食べることによってストレスを解消するという特性を持っていたこと、以前の外出の際のコンビニの事件を考えれば、施設外に出た場合に近所の店舗に入り、食物を大量に食べること、その際、食事について掻き込むように食べるということが分かっていたのであるから、窒息の可能性も十分に予見できたものである。
追って、行動障害の予防のために取るべき標準化された対処方法と被告が現実に行っていたこととの違いを述べて、被告のサービス提供が契約上求められているものではなかったことを主張するものである。
「被告準備書面5」
原告主張の亡早亨の死亡にかかる損害額について、下記のとおり主張を補充する。
第1 逸失利益について
1
2(1)イ.かかる亡早亨の障害の程度からすれば、当時28歳の亡早亨が将来賃金センサスの平均賃金程度の収入を得られる蓋然性、就労可能性はないといえ、原告の主張は失当である。
第2 死亡慰謝料、近親者慰謝料について
1.死亡慰謝料について
(1)亡早亨は当時独身で、単身で障害者施設で生活していた者であり、上記のとおり重度の知的障害を持っていた。加えて、仮に本件事故の発生に際し被告の過失が認められるとしても、本件事故は亡早亨が自ら施設を抜け出したことにより発生したものである。
かかる亡早亨の生活の状況、健康状態、および本件事故の状況からすれば、原告主張の死亡慰謝料は高額に過ぎ、亡早亨の死亡による慰謝料は、一般的な裁判基準に比してより低額に認定されるべきである。
2.原告自身の慰謝料
原告は亡早亨の兄であり、民法711条が定める近親者ではない。亡早亨は本件事故当時被告の施設に入居しており、原告とは同居しておらず、面会時に会うのみであった。
かかる原告について近親者固有の慰謝料を認めるべき事情は立証されていないといえ、仮に認められるとしても原告主張の300万円は高額に過ぎ、失当である。
「原告準備書面7」
原告は,被告第5準備書面の主張について,以下の通り反論する。
第1 逸失利益について
1,はじめに
訴状において,原告も逸失利益算定手法を用いてはいる。ただし,これは便宜上暫定的に使用しているに過ぎない。訴状本文にあるように,本来は民事訴訟法248条により裁判所が妥当な金額を定めるべきである。
以下,訴状の主張を補充する。
2,この問題の本質
本件は,知的障害・自閉症をもつ若者の死亡による損害賠償を求める事件である。そこで争点の一つとされているのが,逸失利益の問題である。
民法における損害賠償の目的は,損害の公平な分担にあるとされている。公平なというのは,我が国の法秩序の観点からの公平ということである。
それは我が国の憲法,これを受けた民法第1条及び第2条に従って判断されるべきものである。結局,生命が失われた場合に障害者であるかどうかで健常者に比較して極端に低い損害賠償がこれらの我が国の法秩序の観点から許されるかどうかが本件の本質である。
以下,この問題について憲法学者である川崎和代教授の論文(甲21)に依拠しながら,詳論する。以下の記述のうち,出典を明示しないものは,甲21号証の川崎教授の論文によるものである。
3,命の権利
(甲第21号証、川崎和代先生の論文 生命価値の平等について)
4,
5,
6,
7,最後に
親にとって,子どもは宝物であると昔から言われてきた。それは障害があるか否かと関わりがない。また,障害のある兄弟があることによって,その子どもたちのうちに,知らず知らずはぐくまれる「優しさ」や「慈しみ」も貴重な無形の価値である。さらに障害者の権利条約が前文でいう障害者の存在や障害者が権利を享受すること自体が社会に与える価値や利益を考慮する必要もある。
川崎論文が結語で述べている部分は,「個人の尊重」を規定し,「人間の尊厳」を定めているとされる日本国憲法とそれを受けた民法の解釈にあたっては,無視されてはならない。
「子どもの死亡損害については,逸失利益という考え方を採用するよりも,『かけがえのない生命権』の侵害,その侵害により,破壊された家族間の愛情や絆,喪失感,小さな発達に感じてきた喜び,ひいては支援や援助を受けながらも働くという喜び,それらが永久に失われてしまったことに対して,総合的な判断がなされるべきである。そうでなければ,親は,子どもを失った悲しみのみならず,『経済的価値を生み出さない子ども』という烙印を押され,子どものみならず,親までもが,『個人として尊重されない』『人間の尊厳』を踏みにじられたと感じることになってしまうであろう。」
そして,本件の判断にあたっては,「逸失利益」という考えを基本的に排除し,「生命価値の平等」を前提とし,「人間の尊厳」にふさわしい判断がなされるべきである。そのためには,総体としての損害賠償額に種々の個別的要素を勘案して決定するのが相当であり,仮に「逸失利益」を当然の前提として考えるのであれば,現在の被害者の状況を将来にわたって固定的に考えるべきではなく,その発達可能性,支援技術の進歩,社会の側に設けられている障害者に対するバリア除去の可能性,障害者の人権保障に向けられた国際的動向,法理念を踏まえ,ことさらに障害者の「稼働能力」に重点を傾けた判断をすべきではなく,障害をもたない同年齢の人の場合と同様に判断すべきものである。
そうでなければ,そのような運用は,日本国憲法14条1項に違反する障害者に対する差別であると同時に,障害者の「人間の尊厳」を害するものとして,憲法13条違反を犯すことになる。
以上より,従前の逸失利益の考え方を前提とした被告の主張は憲法に違反するものである。
第2 死亡慰謝料,近親者慰謝料について
1,死亡慰謝料について
(1)亡早亨が独身であり単身生活をしていたこと
(略)
このように,原告の主張する金額は亡早亨が独身であり単身で生活していたことを前提としており,決して高額ではない。
(2)重度の知的障害を持っていたこと
また,被告は,死亡慰謝料の減額理由として,亡早亨が重度の知的障害を持っていたことを挙げている。
しかし,重度の知的障害を持っていても自分が死亡することについての精神的苦痛が小さくなるわけではない。「死」という自分の存在が亡くなることについての意味は十分に認識できる。
この点に関する被告の主張も,上述の逸失利益と同じように,人間の生命の価値に対する不当な差別に基づいており,憲法に違反するものである。
(3)亡早亨が施設を抜け出したこと
さらに,被告は,死亡慰謝料の減額理由として,本件事故は亡早亨が自ら施設を抜け出したことにより発生したものであることを挙げている。
しかし,原告準備書面(6)において詳細に主張したとおり,被告は,亡早亨がもっていた障害(知的障害・自閉症)という特性を踏まえ,それに応じた適切なサービスを提供する契約上の義務を負っていた。
具体的には,施設外に通じる通路の扉が開いていれば行動障害のある亡早亨が自ら施設を抜け出すことは容易に予見できるから,被告としては,亡早亨の動静に注意するとともに,施設外に通じる通路を通ることができないようにして,亡早亨の安全を確保する契約上の義務を負っていた。
亡早亨が施設を抜け出した原因は,被告がこの契約上の義務を怠ったからであり,被告の主張は自らの責任を亡早亨に押しつけようとするものである。
以上の理由から,亡早亨が自ら施設を抜け出したことは減額の理由にはならない。
(4)
2,原告自身の慰謝料
(1)原告が民法711条に定める近親者に含まれていないこと
確かに,原告は民法711条に定められている近親者には含まれない。しかし,同条に含まれない親族であっても被害者との生活状況などによっては同条の類推適用によって加害者に慰謝料を請求しうることは確定した判例である(最高裁昭和49年12月17日判決)。よって,原告が民法711条に定められている近親者に含まれないからといって,それが当然に減額の理由になるわけではない。
(2)原告が亡早亨と同居していなかったこと
当時原告が亡早亨と同居していなかったことも,具体的な事情を踏まえて考える必要がある。
訴状で述べたとおり,平成7年に原告及び亡早亨の両親が離婚して間もなく,亡早亨は母の好美が引き取った。しかし,平成14年ころ好美に乳ガンが見つかり治療を受けることになった。好美の治療中は原告と祖母が亡早亨の面倒を見た。
しかし,平成18年ころ,好美のガンが再発し,亡早亨の面倒を十分見ることができなくなってきた。また,その頃,早亨も思春期を迎えており難しい年頃だったので,世話をするのが特に大変だった。
原告としては,母に代わり自分が亡早亨の面倒を見たいとの気持ちもあったが,亡早亨の状況からするとそれは無理であった。そこで,やむを得ず好美と原告は施設に亡早亨を預けることになった。
その後,原告が亡早亨と会う機会は面会や施設の行事だけとなったが,原告の亡早亨に対する家族としての愛情は深いものであった。愛情の程度は必ずしも一緒に過ごした時間の長さだけから測ることはできない。
このような事情からすれば,亡早亨の死亡により原告が受けた精神的損害の大きさは同居の家族の場合と同程度と言える。
よって,原告が亡早亨と同居していなかったことも減額の理由にはならない。
「被告準備書面6」
被告は、下記のとおり原告準備書面(7)(亡早亨の死亡に基づく損害)に対する認否・反論を行う。
第1 原告準備書面(7)に対する認否
1 原告主張の事実および論文等の存在およびその内容は不知、原告の意見はいずれも争う。
2 第1「死亡慰謝料、逸失利益について」2 「原告自身の慰謝料のうち
(2)「原告が亡早亨と同居していなかったこと」に記載の事実はいずれも不知。
第2 亡早亨の逸失利益について
1 原告の主張
原告は、亡早亨の死亡に基づく逸失利益について、本来は裁判所が民事訴訟法248条により妥当な金額を定めるべきである旨主張するとともに、大要、従前の逸失利益にかかる考え方を採用し障害者であることをもって就労可能性なしとし、障害のない人に比して低い逸失利益のみを損害として認めることは憲法14条1項に反する旨主張する。
2 被告の主張
自然人の死亡に基づく得べかりし利益としての損害である逸失利益は、その構成(相続構成ないし扶養構成)の如何に関わらず、その中心部分は稼働利益の喪失による損害と捉えられており、そのほかに逸失利益性を有するのは稼働利益以外の年金等の収入である。
この点原告は、上記のとおり障害者の稼働能力に重点を傾けた判断をすべきではなく、障害を持たない同年齢の人の場合と同様に判断すべき等主張する。しかしながら、そもそも「障害」という概念は一義的でなく、「障害を持たない人」という前提自体が成立しえないといえる。原告がいう「障害を持たない人」が、健康状態・心身の状態によって選択可能な職種・職務・就労条件に大きな制限がない人と想定しうるとしても、かかる人であっても、その就労状況、個々人の能力、職種、稼働実績、現実収入、将来の就労可能性に応じて将来得べかりし稼働利益が異なることは明らかであり、原告の主張を敷衍すると、いかなる健康状態、就労状況にある人においても、単にその年齢に応じて一律の逸失利益を認めるべきであるということになり、かえて憲法14条1項の定める実質的平等に反する。原告の主張は失当である。その他亡早亨の逸失利益については、被告第5準備書面において主張したとおりである。
第3 亡旱亨の死亡慰謝料について
1 原告の主張
原告は、亡早亨に重度の知的障害があったとしても死の概念は理解ができる旨、亡早亨が施設を抜け出したのは被告の過失に起因するので、同事情を慰謝料算定にあたって考慮すべきではない旨主張するとともに、原告主張の慰謝料はいわゆる青本基準の範囲内であるから相当である旨主張する。
2 被告の主張
しかしながら、原告も言及するとおり青本基準は交通事故という日々多数発生する偶然な事故により死亡した場合の基準を示すものであり、本件のような障害者施設からの利用者の無断外出という、交通事故のように日々多数発生しているとはいえない事故類型における、施設利用契約に基づく債務不履行を理由とする損害賠償の場合にただちに同基準が適用されるとはいえない。
また、仮に亡早亨の無断外出につき被告に過失が認められるとしても、亡早亨が死亡に至る直接の原因は被告の積極的な過失行為によるものではなく亡早亨は自らの意思をもって外出するとともに窒息に至るまでドーナツをロに詰め込んだのであり、亡早亨に過失相殺を受ける程度の責任能力が認められないとしても、これらの事情は少なくとも死亡慰謝料の算定にあたって考慮されるべき事情である。
また被告は、原告ないしその母が自ら面倒を見ることができない重度知的障害者の亡早亨を受け入れ、施設利用契約に基づくとはいえ本件事故に至るまでその生活を全面的に支援していたのであり、かかる事情も慰謝料算定にあたって考慮されるべきといえる。なお、この点については原告自身の近親者慰謝料の算定にあたっても同様である。
「原告準備書面8」
本準備書面では、原告準備書面(6)に続いて、行動障害の予防のために標準化された対処方法を述べ、現実に被告が取っていた対処を比較することによって、被告の亡早亨に対する対応が、施設入所契約上求められるものではなかったことを論ずる。
第1 強度行動障害支援の標準化された対処方法
1 厚生労働省の強度行動障害支援者養成研修
(1)
(2)
とまとめられている。つまり、本件の亡早亨のような重度知的障害と自閉症の重複障害を持つものには、強度行動障害が生じる可能性が高いことが明らかであったこと、さらに、理論的にも経験則的にも、そのような対象者に対する基本的な支援方法が確立していることが明記されているのである。
(3)行動障害への支援方法の基本にあるのは、行動障害はそれらを示す人たちの世の中の理解と支援者の理解の差異を前提としながら、彼らと支援者(家族、保護者を含む)、または彼らと周囲の環境との相互作用の中で変化していくという考えである。利用者に障害があるという事実は変わらなくとも、物理的環境や周囲の支援者の対応が変化してくれば、軽減する可能性もあるし、逆に状態が悪化する可能性があるという考えである。つまり、行動障害の状態の悪化は、不適切な対応など周囲のかかわりが重要な役割を果たしている場合があり、そこに行動障害を予防する考え方と取り組みを身につける必要があるということである。
(4)そのための第一は、行動障害を引き起こす対象者の障害特性を知ることであり、精神疾患を併発している場合にはその疾病の特徴も知ることである。それは、同じ障害を持ち、疾病を持っていても周囲の環境や働きかけ(つまり支援の質と量)によって障害が顕在化するかどうかが決まる(行動障害のある人の「暮らし」を支える 甲24号証39頁掲載されている新氷山モデル参照)のである。結局、環境も障害を生み出す要因の一つであり、本人にわかるように環境を整えれば、本人も様々なことが理解でき、その人の障害は顕在化しない可能性があるということなのである。環境を整えるためには、障害のある人がもっている特性と力を理解し、その人が何に困っているかを知る必要がある。そのために障害当事者本人の基本的な情報として、医学的な診断名、障害支援区分、療育手帳がある。しかし、それだけでは、どのような時にどのような行動障害が生じるのかが予測できない。自閉症スペクトラムや知的障害の「重篤さ」という個人因子だけではなく、どのような環境のもとで問題となる行動が生じているのかという環境因子を評価していくことが重要となる。行動はそれだけが突然に生じるのではなく、個人因子と環境因子のかかわりの中で生じている。自傷行動や他傷行動、破壊的な行動なども生まれながらにもっていた行動ではなく、環境の中で学習した行動なのである。行動障害という周囲の支援者にとって困った行動の多くが学習された行動であれば、適切な行動を学んでいくことで改善していくことが可能である。そのためには、目の前の行動だけに着目するのではなく、行動の前後に何があったかを知ることが必要になる。
(5)行動障害に対して適切な対応を行うために必要なのは、その意味でその行動がどのような状況で生じ、どのような原因で続いているかという、行動の機能に関するアセスメントである。機能分析は、ある行動について、そのきっかけとなる「A:行動の前の刺激やできごと(Antecedents)」、「B:行動(Behavior)」、「C:行動の結果(Cosequences)」の3つの要素から考え、その行動の機能(目的)を分析するという方法である。その頭文字をとってABC分析ともいう(機能分析の具体例については、甲24号証(暮らし)86頁~88頁)。
(6)行動障害を変えるためには、まずその行動をできるだけ具体的にしてみることである。「多動で目が離せない。」というだけでは漠然としすぎていて具体的にどのような行動が問題となっているかが分からないが、「家から飛び出す」とか「外出した際に、つないだ手をふりほどいてどこかに走り出す」とか「病院の待ち時間に待合室で走り回る」など、現在問題となっている行動を、正確な言葉で記述することが必要である。複数の支援者の間で連携を取る場合にも、どの行動に対応するのかを共通理解することが重要である。そして、具体化した困った行動が、いつ、どこで、誰と、何をしているときに生じ、どんな結果がもたらされているのを記録する。これは困った行動の機能を把握し、その後にとった介入や対処が適切であったかを判断するために必要な手順である。支援がうまくいっているかどうかは、行動の増減を観察し、記録していくことでわかる。甲24号証90頁には、行動観察シートの具体例が掲載されている。重要なことは、この行動観察記録からの読み取りである。行動観察シートで観察された具体化された行動の中の一つの行動が、生じやすい場所や時間帯、活動はないかを探す。例えば、「他の利用者に噛みつく」という行動が夕食後の自由時間に頻発しているのであれば、その時間帯に心の準備や環境調整などの対策も立てられる。人的支援をその時間帯に集中することも考えられる。このような行動観察記録をとることは、どのような支援を行ったかということを示す記録としての意味、利用者の変化を確認するため、支援者同士で情報を共有するために不可欠なものである。適切な記録とその分析から障害当事者本人が発するサインを事前に理解し、行動障害を予測して環境を調整することで行動障害とされる行動を減らし、無くすことが可能となるのである。それを前提として、物理的構造化、スケジュール、ワークシステム、視覚的構造化、刺激の調整や本人の活動選択の場をつくること、クールダウンのためのスペース設置、事前に約束を行い守れたら強化される行動契約などの環境整備が行えるのである(甲24号証(暮らし)第三章)。
(7)冒頭述べたようにこれらはすでに確立された支援方法である。そして被告の施設においても当然に知られていたし、知られ実践されていなければならなかった標準的な対処方法である。しかるに、以下にのべるように被告の施設では、形は整っていても、本来の目的どおりに利用され活用されることはなかったのである。
第2 被告が現実に行っていたこと
1 被告の個人記録(乙第7の14~)からわかる被告の本人の特性についての把握
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
2 標準化された対処方法との比較
(1)以上のとおり、被告の個人記録の記載からは、亡早亨を担当していた日々の状況の観察を基に支援員がそれぞれ問題行動の原因として考えられることを分析していたことがわかる。しかし、具体化した困った行動が、いつ、どこで、誰と、何をしているときに生じ、どんな結果がもたらされているのかを記録し、これを分析して介入や対処方法の適切性を検証した形跡はない。少なくとも証拠として提出された個人記録からは、担当するチーム員によって問題行動を減少させるための対処方法についての分析・討議がされた記録は存在しない。
(2)すでに述べたように、適切な記録とその分析は、障害当事者本人が発するサインを事前に理解し、行動障害を予測して環境を調整することで行動障害とされる行動を減らし、無くすために必要不可欠なことである。それなくして、行動障害を無くすための物理的構造化、スケジュール、ワークシステム、視覚的構造化、刺激の調整や本人の活動選択の場をつくること、クールダウンのためのスペース設置、事前に約束を行い守れたら強化される行動契約などの環境整備を行うための前提が欠けることになるのである。
第3 被告のサービス提供が契約上求められているものではなかったこと
甲24号証(暮らし)の各所に記載されている具体例の、確立された対処に基づいて支援した場合のめざましい改善状況と比較して、本件の場合には、日々の活動についての記録もキチンと取られず、記録を分析して事前予測をし環境を整えようという姿勢は被告の施設全体として見受けられなかった。個別の支援員による断片的分析は見られ、母親から本人の状況を知ろうという姿勢が時に見られるが、少なくとも管理者は、母親の話を受け付けようとしていない。そのような経験にのみ頼った被告施設での支援によって、本来、可能であった行動障害の改善は見られなかった。既に原告準備書面(2)で述べたように、日々の観察以前の当日の注意深い観察を行っていれば当然に予測できた筈の天使の扉へのこだわり、度々、集団活動から抜け出して天使の扉の方に行っては連れ戻されていたという当日の本人の行動から施設からの飛び出しの具体的な予見可能性は十分にあったのに必要な対応(その場を離れる時には、不安定な障害当事者に注意して見ていてくれるように他の支援員に頼むなど)を行っていないのである。
重篤な自閉症と知的障害を有している亡早亨本人は自ら危険を予知し対応することができないのであるから、飛び出し等のないように観察することが被告施設には義務づけられていたのに当然の義務を果たさなかったのである。
被告施設における対応は、原告準備書面(6)で述べた契約上の義務に違反するものであり、被告施設は、本準備書面で具体的に検討したように重度加算も受けている入所施設として取るべき標準的な対応すら行っていないことが明らかなのである。
「被告準備書面7」
被告は、下記のとおり原告準備書面(6)(8)に対する認否・主張を行う。
1 同第1「故鶴田早亨との契約の内容」について
(1)同1「契約の目的及び被告の契約上の義務」について
ア
イ
2 同第2「福祉施設における安全保護義務」について
(1)同1「厚生労働省の危機管理指針」について
ア、
イ、
第2 原告準備書面(8)に対する認否・主張
1 同第1「強度行動障害支援の標準化された対処法」について
(1)同1「厚生労働省の強度行動障害支援者養成研修」について
ア 同(1)について、甲23号証の3枚目に原告主張の記載があることは認める。
イ 同(2)の第1段落は認める。
第2段落について、強度行動障害支援者養成研修(基礎講座)受講者用テキストに原告主張の記載があることは認める。
ウ 同(3)は不知。
エ 同(4)は不知。
オ 同(5)について、甲24号証86~88貢に原告主張の記載があることは認める。
カ 同(6)は不知。
キ 同(7)について、被告の施設において、強度行動障害支援者養成研修の存在を知っていたことは認め、原告主張の方法が実施されていなければならなかったこと、被告の施設において同方法が実施されていなかったことは争う。
2 同第2「被告の個人記録(乙第7の14~)からわかる被告の本人の特性についての把握」について
ア、
イ、
ウ、
エ、
オ、
カ、
3 第3「被告のサービス提供が契約上求められているものではなかったこと」について
第1ないし第3段落に記載の主張はいずれも争う。
「被告準備書面8」
被告は、下記のとおり原告準備書面(6)(8)に対する反論を行うとともに、
被告の主張を補充する。
記
第1 障害者福祉制度・被告の施設の運用について
1 障害者福祉制度の沿革、設備基準等
(1) (略) 強度行動障害支援者養成研修が開始されたのは平成25年である。
(2)
2 被告の施設(障害者入所支援施設 H )について
(1) H の設立、運営
被告社会福祉法人は平成11年6月に設立され、被告が運営する障害者
入所支援施設 H (以下「 H 」という。)は、平成12年4月に障害者入所更生施設として開設され、その後法改正により障害者入所支援施設に名称が変更された。
被告は、それまで地域と隔絶され孤立しがちな存在であった障害者施設が、地域に密着し開かれた存在となるように、入所者により良い住環境を提供することも目的のひとつとして H を設置した。施設の建物や設備についてもガラスを多く取り入れ、明るく開放感のある施設となるよう設・建設された。
(2)職員、入所者の状況
H では、常勤職員はできる限り社会福祉士・介護福祉士の有資格者となるように勤めており、平成28年8月現在、常勤職員は1名を除く全員が有資格者となっている。平成25年3月当時、入所定員50名に対し入所者は49名で、全職員数は49名であった。職員は午前9時から午後6時までのの日勤、午前7時から午後4時までの早番、午後0時30分から午後9時30分までの遅番、午後3時から午前9時30分までの夜勤の交代制でシフトを組んで勤務している。被告においては職員に外部のセミナー、講習を受講させるよう努めるとともに、施設内研修も行っている。
H の入所者は知的障害者が主であり、身体障害ないし精神障害と知的障害が重複している入所者はいるが、身体障害のみ、精神障害のみの入所者は平成28年8月現在、および平成25年3月当時においていなかった。入所者は愛知県が交付する知的障害者療育手帳の障害区分(ABCの3段階)のうち最も重度であるAと認定されている入所者がほとんどであり、亡早亨も同認定を受けていた。
3 個別支援計画について
(1)作成義務
本件においても書証として提出している個別支援計画は、障害者自立支援法および障害者総合支援法において障害者支援施設に対し作成が義務付けられており(現・障害者総合支援法3条1項)、現在の制度においては計画の実施状況のモニタリングと、6か月に1回以上の見直しを行うものとされている(同8条)。
(2) H における作成方法、状況
H においては、利用者ごとに担当職員を決め、当該担当職員が支援計画の原案を作成し、サービス管理責任者を筆頭として会議を行い、支援計画を作成している。「担当職員」は、常に当該職員が一人の利用者に憑きそうという趣旨ではなく、当該利用者について特に詳細を把握し、支援計画の原案を作るという趣旨である。職員1人ごとに概ね5人程度の利用者の担当となり、他の職員に比して特に当該利用者の詳細を把握するように努める。担当はローテーション、利用者との相性によって変動がある。担当職員が常時施設にいるわけではないため、生活支援員全員が支援計画の内容を確認し、月に1回会議を開催して、問題点等の共有に努めている。
第2 行動障害への支援、亡早亨の事故前の状況について
1 行動障害の支援
(1)原告が主張するような、行動障害を持つ利用者の問題構想を把握し、その前後の状況や利用者の状況を把握・分析することでその原因を探索し、原因となる要素を取り除き、行動障害が軽減される方向へ導くという支援方法は、 H においてもまさに日々実践している対応である。
H では、上記のとおり担当職員作成した個別支援計画を生活支援員全員が把握するとともに随時会議で問題点の共有に努め、起床・就寝の状況、日中の活動状況、食事の状況、トイレの状況などを詳細に記載したケース記録を作成し、利用者の状況を常に把握するよう努めている。また、勤務交代時には記録と口頭で引き継ぎを行い、交替職員が利用者の状況を把握できる体制を整えている。
(2)もっとも、行動障害の支援は容易なものではない。もとより障害者自立支援施設は医療機関ではなく、障害の根治や治療は目的としていないし、また不可能である。支援施設においては、障害の存在を前提にして、利用者にとって落ち着くことができる環境のもと、生活リズムを整え、それぞれの職員が繰り返し一貫した対応を積み重ねることにより、行動障害を減らしたり、利用者ができることを増やす方向に導く、仮に改善がなくとも変わらず支援し続けることによって利用者の生活をよりよいものにしていくことが障害者自立支援のあり方であり、被告においてもこれを念頭において支援を行っている。
(3)原告は、適切な支援さえ行われていれば行動障害が改善され幄減に向かうかのような主張を行うが、同主張は行動障害の実態を適切に理解していない。
重度の知的障害や自閉症を持つ人においては、環境からもたらされる刺激や情報を適切に受容することが困難なことが多く、刺激や情報がもたらす不安や不快感、要求がいわゆる問題行動として発露するのが行動障害である。施設への入所時には保護者と面接を行い、利用者の行動障害について聴取することになるものの、重度の知的障害や自閉症を持つ人は、施設入所時までも他の施設や医療機関に入所している場合が多く、保護者でも行動障害の具体的な内容やその原因を把握していないこともある。そのような状況のもと、施設での生活と支援を通じて行動と原因を把握していくことになる。行動障害は1回だけで終わる場合も稀にあれば、同じような行動が何度も繰り返される場合もあるが、その人にとって何が刺激であるのか、何が不快なのかを直接コミュニケーションにより感得することができない場合が多いため、前記のように前後の状況や本人の状況を斟酌して原因を探っていくことになる。しかしながら、直接のコミュニケーションが困難である以上、そのような観察を重ねて何が原因でそのような行動に出るのか支援員がわかることもあればわからないこともあり、原因と考えられる事象、環境的要因を除去する、変化させることにより試行錯誤を繰り返す他ない。
また、重度の知的障害や自閉症を持つ人は、力の加減や行動の自制が困難なために、支援者が問題行動を制止することが困難だったり、環境や刺激によってパニックを起こし、それが他の利用者に伝わり連鎖反応的にパニックが起こることもある。
このような前提のもと、利用者にとって落ち着いた環境を整え、生活のリズムを整えていくことが自立支援であるといえ、現実の対応は、資格・経験を有する施設職員にとっても容易ではない。
2 亡早亨の障害の状況
(1)亡早亨の問題行動は、食事をかき込んでしまう、いろいろなものをつかむ、さわる、着ている服をやぶく、常に動き回るなどの多動や、女性職員の手をにぎるといった行動、顔をかく自傷、失禁などであった。
食事については小皿に分けてロに運ぶことで、落ち着いて食べることができるようになっていった。失禁については、特に精神的に不安定になっているような時に多く見られ。そのなかでも、帰宅後に施設へ戻った際に特に多くみられたために、当時の保護者であった母好美に事情を説明し帰宅を減らすことによって改善がみられたことがある。自傷については、アレルギーのため顔や身体をかきむしるというものであり、爪を切りそろえてもかきむしり、かさぷたになったところをまた掻き、治らない状態が続いていた。掻き壊しを防止するためにガーゼなどを貼付しようにも、はがしてそのあたりに捨ててしまい、他の利用者がそれを口に入れてしまうような状況であり、ガーゼを貼るなどの対応は困難であった。
(2)入所以降の変化
H に入所後、亡早亨の問題行動は改善が見られた行為、収まったり再開した行為などがあるものの、全体としては軽減され、徐々に落ち着いた生活ができるようになっていった。
すなわち、平成19年の個別支援計画(乙9の1、乙9の通し頁1~11頁)では、第1回の支援目標として「他者の食事に興味を持たず落ち着いて食事をできるようにする」との目標が立てられており、3か月報告、6か月報告では便失禁や歯磨き時の水遊びなどの問題行動が報告されているが(同10~11頁)、平成20年3月作成の第2回個別支援計画(乙9の2、乙9の通し頁12頁~16頁)では、「他者の食事に興味を持たず落ち着いて食事をできるようにする」との目標については継続、「陰部を清潔にする」という便失禁を減らす目標が立てられている。第2回の3か月報告では、急いでかき込む、残飯をつかむなどの行為がみられること入所時みられたものの止まっていた放尿が再開し、一方で衣類を破る行為や自傷は止まっていることが報告され、同6か月報告では、食事を小皿に少しずうわけて渡していることや、一時帰省を中止したところ放尿がみられなくなったこと、衣類の破壊や自傷はみられないことが報告されている(同15~16頁)。平成20年12月作成の第3回個別支援計画(乙9の3、乙9の通し頁17~27頁)では、第2回と同様の目標が立てられているが。食事は少しずつ小分けにすれば落ち着いて食べられるようになっているが、3か月報告では放尿や便失禁が減り、自分でトイレに行ける回数が増えていたものの、6か月報告では放尿が再開したこと、放尿は2~3か月ごとに収まったり再開していること、放尿がはじまると衣類の破壊は終わることなどが報告されている(同20~21頁)。平成21年9月作成の第4回個別支援計画(乙9の4.乙9の通し頁22~27頁)では、「放尿・尿失禁の数を減らしたい。安定した生活を送る。」「ゆっくりなペースで落ち着いて食事をする。(20回/月以上)」との目標が立てられ、時間を決めてトイレ誘導することにより放尿・尿失禁が少なくなったこと、もっとも外出した後に放尿があり、不安定になり声を出していることも要因と考えられること、食事については小鉢で1ロずつ提供することで落ち着いて出来るようになっていっており、月20回の目標が3か月連続で達成できたことが報告されている(同26~27頁)。平成22年6月作成の第5回個別支援計画(乙9の5、乙9の通し頁28~32頁)では、「放尿・尿失禁の数を減らしたい。安定した生活を送る。」「ゆっくりなペースで落ち着いて食事をする。(25回/月以上)」との目標が立てられ、3か月報告では薬を変えたことで尿失禁が少なくなったこと、25回以上の目標はたっせいできなかったものの落ち着いて食事ができていることが報告され、6か月報告では外出後の放尿・尿失禁は保護者の協力で減ってきていること、食事については大幅に目標を違成したことが報告されている(同31~32頁)。平成23年3月作成の第6回個別支援計画(乙9の6、乙9の通し頁33~37頁)では、「放尿・尿失禁をせず、自発的にトイレへ行けるようにする」「ゆっくりなペースで落ち着いて食事をする。」という目標がたてられ、6か月後の検討では、尿失禁は激減し、自分でトイレに行く場面も見られるようになったこと、一口ずつ提供することで落ち着いて食事できており、2日にわたって見られたはき出す行為は一時的なものであったことが報告されている(同37頁)。平成23年10月作成の第7回個別支援計画(乙9の7、乙9の通し頁38~44頁)では、「 H の行事に参加する(2回/5か月以上)」「放尿、尿失禁なく生活する(15日/月以上)(※尿失禁、放尿を月15回以下にするとの趣旨)」「自分で歯磨き動作を行い、磨きチェックを受ける(15回/月以上)」との目標が立てられ、行事参加と歯磨きについては目標を達成したこと、食事は落ち着いてできていること、6か月報告では尿失禁についても目標を達成したことが報告されている(同43~44頁)。
第3 本件事故前の状況、被告の注意義務違反
1 総論
上記の経過のとおり、亡早亨の行動障害は、 H に入所後、一進一退しながらも徐々に改善されてきていた。
そして、本件事故の前年度、および本件事故の直前には亡早亨の状況は相当落ち着いており、本件事故当日に亡阜亨が無断外出するとと、ショッピングセンターでドーナツを喉につまらせて窒息することは、被告にとって予見可能性がなかった。
2 平成24年4月の個別支援計画
本件事故の直近に作成された平成24年4月の第8回個別支援計画(乙9の8、乙9の通し頁45~51頁)では、「行事に参加し外出先で飲食する(1回/5か月以上)」「失禁なく、散歩に出かける(10回/月以上)」「声かけにて丁寧に歯を磨き、歯磨きチェックを受ける(30回/月以降)」との支援目標がたてられている。なお、このときの担当職員は SY 支援員であり、その前の第7回の担当者も同様であった。
上記のとおり、亡早亨の支援計画は主として食事・排泄・歯磨きに関するものであったが、平成19年から4年の間に食事は職員の見守りのもと一口ずつ落ち着いて食べられるようになり、便失禁はなくなり尿失禁についても一進一退しながらも徐々に回数が減っていき、歯磨きの目標も達成できる状態になっていた。その過程を経て、食事と排泄のコントロールに関する目標が、外出先での飲食、排泄に変化し、歯磨き目標の回数も増やされている。
6か月後のモニタリングでは外出先での飲食、排泄については目標達成となり、歯磨きについては目標未達成であるものの前回までの目標は達成している状況で(乙9の8、50頁)、12か月後には食事、排泄、歯磨きの目標を達成し、「布団運びのお手伝いをする。(5回/月以上)」という、問題行動をなくす方向ではない、新たな目標も立てられるまでになっていた(同51頁)。
3 本件事故直前の状況
(1)1週間前~当日までの状況
このように亡早亨の行動障害は徐々に改善されてきていたところ、平成25年3月22日の本件事故の直前期においても、ほとんど問題行動は見られないようになっていた。
すなわち、本件事故の一週間前から当日までに見られた問題行動は、同月15日1時、16日5時30分。18日6時20分、21日6時の水飲み行動(乙10の通し頁334~336頁)、21日13時30分と、無断外出直前の22日9時の尿失禁(同336頁)のみであり、記録すべき問題行動がない日も17日、20日と2日ある状態で、盗食や一気に食事をかき込んでしまうことはなかった。
さらに当日は、夜間良眠し起床後朝食を摂取し、丁寧に歯磨き、歯磨きチェックを受け、布団運びの手伝いまで行っている状況であった(乙10336頁)。
(2)天使の扉について
亡早亨は、本件事故当日、指先運動、リズム運動、マット運動を行った後、天使の扉を行き来しながら過ごしてた。
ここで、天使の扉の設置場所や扉の仕組み等については既に主張したところであるが、この扉は施設の中では唯一施設外の様子を垣間見ることができる場所である。前述のとおり H の建物はガラス窓を多く設けており、中庭や庭の様子をみることができる場所は多いが、施設外部の様子を少しでも窺うことができるのは、外へ通じる扉である天使の扉だけである。
そのため、亡早亨のみならず他の入所者も、外の様子や出入りする人の様子を窺おうと天使の扉の前に立っていることはよくあったし、亡早亨もこのような行動に出たことは事故当日が初めてではなかった。亡早亨がこのような状況に出ていた原因として、被告としては、事故当時には亡くなっていた母好美が、施設へ亡早亨を尋ねてきた際に天使の扉の外側に立つて中の様子を見ていたことがあったため、亡早亨は母が来ていないか確認したいという思いから天使の扉の前に立っていたのではないかと考えており、実際に亡早亨が施設から無断外出したこともなかったことから、こうした行動が問題行動であるとはいえない。
もっとも、入所者が天使の扉の前に立っている際には職員が声かけをして他の場所へ誘導しており、本件事故までに H において利用者の無断外出による事故が発生したことはなかった。加えて、既に主張しているとおり、亡早亨は入所後本件事故までの間に施設から無断外出したことはなく、外出時に集団から無断で離脱して近隣のセブンイレブンへ行ったことが1回あるのみであった。
事故当日も、亡早亨は天使の扉の前に立ちながら、職員の声かけで戻ることを繰り返しており、その際、実際に扉から出て行こうとするような様子はなかった。
3 当日の状況、予見可能性
(1)事故直前に亡早亨の対応を行っていたのは SY 支援員(以下「 SY 支援員」という。)であるところ、 SY 支援員は当日は朝9時から夜6時の日勤であり、夜勤明けの職員からケース記録と口頭で引き継ぎを受け、亡早亨の状況は把握していた。夜勤から日動の引き継ぎは、前日夜12時までの分はケース記録を印刷したものと、記録で伝わりにくい部分については口頭で、それ以降の分については口頭で引き継ぎが行われる。
SY 支援員は、亡早亨は非常に落ち着いた状況であると引き継ぎを受けており、姿が見えなくなる直前まで、亡早亨がパニック状態にあるといったことや、状況の変化を読み取るべき行動も起こっていなかった。9時30分に失禁しているが、上記の支援計画で継続して失禁についての目標が掲げられているとおり亡早亨の尿失禁は入所後継続しており、前日13時30分にもあったこと、そのほかに不安定さ、不穏をあらわす行動がなかったことから、失禁をもって亡早亨の状態が著しく変化したと考えることは不適当かつ不可能で、かかる予見義務もない状況であったといえる。
(2)姿が見えなくなる直前、 SY 支援員は亡早亨が靴下を履いていなかったことから靴下を取りに行こうと考え、同室内に居た TM 支援員ほかの職員に、靴下を取りに行く旨を告げてその場を離れている(乙20、職員配置図参照)。 H では、職員がその場を離れる際には同所にいる他の職員に常に声かけすることが施設の方針として徹底されていた。声かけは特定の職員ではなくその場にいる者全般に対し行う。亡早亨はこのように靴下を脱いでしまうことはよくあり、職員の誰かが取りに行くといったこともよくあった。
上記のとおり亡早亨の状態は落ち着いており、 SY 支援員としても。亡早亨が不穏な様子だったりパニックを起こしたりしていればその場を離れることはなかったが、そのような様子もなく、他の職員においても亡早亨が無断で外出してしまうことは全く予想ができないことであった。
(3)その後、 SY 支援員がその場を離れてから10分後には施設内の捜索が開始され、さらに15分後には施設外の捜索が開始されている(乙4)。
このとき、以前に散歩中に離脱した際に向かったセブンイレブンは、その以前に何度か母と訪れたことがあるとのことであったため、今回もセブンイレブンに行っているのではとの予想が立てられた。施設の散歩や外出で A に行ったことはなく、被告においては亡早亨がそれまでに A に行ったことがあるかないかを把握しておらず、 A に向かったとの予測は困難な状況であった。さらに、施設外の捜索を開始してから8分後の10時23分には A から亡早亨がドーナツを無銭飲食し喉につまらせて意識がないため救急要請した旨の電話があった(乙4)。
H から A 〇〇店までは約1キロメートルで徒歩約13分以上の距離である(乙21)。 SY 支援員が靴下を取りに行ってから上記 A からの入電までは約33分しかなく、その間に亡早亨が無断外出のうえ A ヘ行きドーナツを無銭飲食して窒息することは、到底予測不可能といえる。
(4)予見可能性がないこと
以上からすれば、被告ないし SY 支援員を含む H の職員にとっては、本件事故当日亡早亨が無断外出すること、およびそれに引き続き A に向かって同所でドーナツを無銭飲食することは予見が不可能であったといえ、本件事故による亡早亨の死亡に際して、被告に過失はないといえる。
「原告準備書面9」
本準備書面では,被告第6準備書面ないし同第8準備書面記載の積極主張の部分について,再反論するものである。ただし,これまでの主張と完全に重複する部分については省略する。
第1 被告第6準備書面に対する反論
1 実質的平等
被告は,原告の主張する「障害」という概念が一義的でなく,「障害を持たない人」という前提を仮に「就労条件に大きな制限がない人」と想定し得るとしても,個々人の能力,職種,稼働実績,現実収入,将来の就労可能性は個々人によって異なるので,逸失利益を一律に決めるのはかえって実質的平等に反するという趣旨の主張をしている(2頁9行目~17行目)。
しかし,このような被告の主張こそが,まさに原告が指摘する「人間は金を生み出す機械である」とみる考え方に基づくものであり,その不合理性については,原告準備書面(7)で詳述したとおりである。
本来,人間の生命は金銭に換えることはできないものであり,かつ,生命の価値が平等であることからすれば,原告の主張する損害賠償の定額化こそが憲法第14条の保障する法の下の平等にも合致する。
2 死亡慰謝料
(1)被告は,死亡慰謝料に関し,交通事故のように日々発生しているとは言えない事故類型における施設利用契約に基づく債務不履行を理由とする損害賠償の場合に,ただちに青本基準が適用されるとはいえないと主張する(3頁4行目~6行目)。
確かに,本件は交通事故ではない。ただし,交通事故が何の契約関係にもない第三者から偶発的に受けた加害行為の問題であるのに対し,本件事故は元々契約によって亡早亨の生命身体を保護する義務を負っていた被告の過失により引き起こされた加害行為の問題である。そのことからすれば,むしろ,死亡慰謝料は青本の基準より高く算定されてしかるべきである。
(2)また,被告は,仮に無断外出につき被告の過失が認められるとしても,死亡に至る直接の原因(窒息に至るまでドーナツを口に詰め込んだ行為)は被告の積極的過失に基づくものではなく,このことは死亡慰謝料の算定にあたって考慮すべきと主張する(3頁7行目~12行目)。
しかし,これまでも述べてきたとおり,亡早亨は食事の際に他の入所者の食べ物を盗食してしまうことが度々あったので,毎年作成される支援計画書の中の支援目標には「他者の食事に興味を持たず落ち着いて食事をできるようにする。」との記載があった(乙9の2頁,同13頁,同18頁)。また,過去には亡早亨は無断でコンビニに行ってお菓子を無銭飲食をしたこともあった。このように,亡早亨は食べ物に強い執着があることを示す行動を繰り返していた。よって,亡早亨が無断外出をすれば食べ物のある場所に行く可能性は極めて高い。このことを被告側も十分認識していたことは,亡早亨が無断外出したことが分かったとき,職員らがかつて亡早亨が無断飲食をしたコンビニに探しに行っていることからも分かる。
また,早亨は常日頃から,自分1人で食事をさせると一気にたくさんの食べ物を詰め込んでしまう「駆け込み喰い」の癖があったことは下記のとおり行動記録にも記録されている。
・「カツ丼やパンなどを(中略)かき込むように食べてしまう」
(乙10の182頁4月13日の欄)。
・「(亡早亨が)パンを3つも食べたと言うため(中略) SY 支が口内に手を入れパンを掻き出す。」(乙10の261頁10月5日の欄)
・「(炭酸水を)一気に飲もうとするので,少しずつ飲めるように介助する。」(乙10の284頁11月27日の欄)
そして,食事の際には,必ず支援員が食事を小鉢に一口分ずつ取り分けて亡早亨に与えていたことは毎年の支援計画書や行動記録にも記載されており争いのない事実である。
よって,亡早亨が自分1人で食べ物を食べれば「駆け込み食い」をしてしまい咽に食べ物をつまらせてしまう可能性も大である。
このような事情からすれば,亡早亨が無断外出をしてしまえば,それだけで亡早亨が食べ物のある場所に行き食べ物を喉につまらせてしまう高度の危険性があったのである。よって,ドーナツを口に詰め込んだ行為について被告の積極的過失はないという事情は,何ら死亡慰謝料の算定にあたって考慮されるべきものではない。
(3)被告は,施設利用契約に基づくとはいえ本件事故に至るまでその生活を全面的に支援していたのであり,かかる事情も慰謝料算定にあたって考慮されるべきと主張する(3頁13~17行目)。
しかし,被告の行為は契約上の義務を履行したに過ぎない。しかも,契約上の義務すら十分に履行していないことは,すでに述べたとおりである。
よって,このような事情も慰謝料算定にあたって考慮されるべきものではない。
第2 被告第7準備書面に対する反論
1 「行動障害の予防義務」
被告は,当時,亡早亨が医師の診断書または公的な資料において「行動障害」ないし「強度行動障害」とされていたことは不知ないし争うとし(3頁8~10行目),「行動障害の予防」までが本件契約上の義務となっていたことも争っている(3頁13~14行目)。
しかし,すでに原告準備書面(6)及び準備書面(8)で詳論したように本件の被告に法律上も契約上も少なくとも行動障害を予見し適切な対応をする義務があったことは明らかである。
2 平成21年10月8日保護者面談記録(乙7の137頁~139頁)
(1)被告は,原告の主張について,施設での尿失禁の原因が亡早亨のイライラにあったかのような引用は不適切であると主張する(5頁11行目~6頁1行目)。しかし,以下の理由から,被告の批判はあたらない。
記録を見ると, SY 支援員が母に対しお漏らしの原因について「季節の変わり目って言うのもあると思いますが。自宅ではお漏らしはありますか?」(乙7の39の1枚目本文7行目~8行目。この時点ではパンツや靴下の話は出ていない)と質問したのに対して,母は亡早亨がお漏らしをするとパンツや靴下を脱ぐことや服を破ることを説明した上で最後に「イライラしているとそういうことをやる。原因はないと思います。先ほど言われれた季節の変わり目が影響していると思います。」(乙7の39の1枚目本文14行目~15行目)と答えている。つまり, SY 支援員がお漏らしの原因である可能性があるものとして言及した「季節の変わり目」という言葉が母の説明の最後にも再び出てくるのである。そのことからしても,(パンツ,靴下,服などの話も出てくるが)この SY 支援員と母の会話における中心的な関心事はあくまでもお漏らしの原因であることがわかる。
よって,母の「本人がイライラしてしまうんだと思います。何かイラッとしてそのような行為をするんだと思います。」との部分(乙7の39の1枚目本文9行目~11行目)の「そのような行為」とはパンツを脱いでしまう行為のみを指すのではなく,お漏らしをしてパンツが濡れるとパンツを脱いでしまうという一連の行為を指しているものと考えられる。
よって,被告の主張はあたらない。
(2)また,被告は,尿失禁に関する母親の発言に対する応答がないという原告の主張は誤りであると主張している(6頁1行目~5行目)。
しかし,記録を詳細に見ると,上述の通り,尿失禁について母が詳細に説明したにもかかわらず,これに対し SY 支援員は,「少なくなってきています。」との現状は述べているが,今後の具体策については何も触れず,一方的に話題を睡眠の話に移している。まるで尿失禁の話題を早く終わらせたいかのようにさえ思われる。このような SY 支援員の対応を「応答がない」と評価するのは適切である。
(3)また,被告は,一度に食事をかき込んでしまうことも改善されていることが述べられているにもかかわらず,その前の部分だけを引用するのは不適切であると主張している(6頁10行目~7頁2行目)。
しかし,これまでの主張において被告は亡早亨がドーナッツを口につめこんで喉につまらせることについて予見可能性はなかったと繰り返し述べている。このことを踏まえて,原告は被告の管理者である HR 職員自身が亡早亨の駆け込み食いについて言及していることを指摘したのである。その続きの部分で確かに詰め込み食いについての施設内での対応方法が述べられているが,そのことは駆け込み食いに対する被告の予見可能性を左右するものではない。よって,そのような重要ではない部分についてまで原告が言及しなければならない理由はない。
3 平成24年3月22日保護者面談記録(乙7の129頁~130頁)
HR 職員は,生活リズムを崩すような急な外出は控えて欲しい旨伝えているのであり,家族に責任を押しつける趣旨ではないと主張している(8頁12行目~22行目)。しかし,この批判もあたらない。
被告も述べる通り,面談記録は全発言をそのまま記録したものではなく,記録された発言だけでは分からないこともある。そのことは原告も認める。
ただ,そのことを前提に述べてよいのであれば,記録には十分にあらわれていないが, HR 職員の母に対する態度は常に極めて高圧的であった。原告が指摘した HR 職員の発言部分にわずかにそのことがうかがわれるが,実際には,悪いことの責任を常に家族に押しつけようとする強い態度であった。
このように,面談記録の解釈において実際の事実に近いのは原告の主張であり,被告の解釈は事実とは全く異なるのである。
第3 被告第8準備書面に対する反論
1 厚生労働省令「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく障害者支援施設の設備および運営に関する基準」
被告は,上記省令に,施設の施錠や入退出の管理にかかる規定は設けられていないと述べ,(緊急やむを得ない場合を除き)「身体的拘束その他利用者の行動を制限する行為(以下「身体拘束等」という)を行ってはならない。」との規定の存在に言及している(2頁13行目~18行目)。
しかし,上記規定は,何もしなくてもよいという話ではない。施設入所者の生命・身体の安全が確保されていることが当然の前提となっている。施設を運営するものが入所者の生命・身体の安全を確保する義務を負うのは当然のことであり,上記規定はその義務を免除するものではない。
2 行動障害の支援
(1)被告は,行動障害を持つ利用者に対し,状況の把握,分析,原因となる要素の除去等の適切な支援を行っているという趣旨の主張をしている(4頁8行目~17行目)。
しかし,亡早亨の行動記録を見る限り,適切な支援はやっていない。状況の把握が十分でない上に,分析と原因となる要素の除去についてはほとんどなされていない。そのことは原告準備書面(8)において詳細に述べたとおりである。
(2)また,被告は「原告は,適切な支援さえ行われていれば行動障害が改善され軽減に向かうかのような主張を行うが,同主張は行動障害の実態を適切に理解していない。」と主張する(4頁下から2行目~5頁2行目)。
しかし,原告の主張は,客観的な記録や文献での報告例に基づくものであり,主観的な考えを述べているのではない。
また,原告は,改善される可能性があるにもかかわらず被告がその可能性を追求していないことを指摘しているのであって,誰でも必ず改善するとの極論を述べているのではない。
よって,被告の批判はあたらない。
3 予見可能性
(1)被告は,本件事故の前年度,および本件事故の直前には亡早亨の状況は相当落ち着いており,被告にとって予見可能性がなかったと主張する(8頁13行目~16行目,11頁15行目~18行目も同旨)。
しかし,亡早亨が相当落ち着いていたとの主張は客観的な根拠に基づいていない。
まず,当日の亡早亨の行動については,失禁をして靴下をぬらしてしまったこと,天使の扉と食堂を行き来していたこと(乙10の336頁)は争いのない事実である。よって,事故当日,亡早亨が「相当落ち着いていた」とは到底言えない。
また,被告が言うように前年度から本件事故日までの期間をみても,平成24年4月1日のアセスメントシート(乙7の79頁),平成24年9月30日のモニタリング記録(乙7の83頁)にも日中活動中に尿失禁してしまうことが記録されている。もちろん,部分的には亡早亨の行動で改善されたものもある。しかし,それらの事実から,無断外出をしないと思われるほどに「落ち着いていた」とは到底言えない。
(2)また,被告は,「亡早亨のみならず他の入所者も,外の様子や出入りする人の様子を窺おうと天使の扉の前に立っていることはよくあったし,亡早亨も,このような行動に出たことは事故当日が初めてではなかった。」(10頁2行目~4行目),「実際に亡早亨が施設から無断外出したこともなかったことから,こうした行動が問題行動であるとはいえない。」(10頁9行目~10行目)「本件事故までに, H において利用者の無断外出による事故が発生したことはなかった。」(10頁12行目~13行目)などとして,要するにこれまでは問題が生じなかったことから亡早亨の無断外出については予見可能性がなかった旨の主張を繰り返している。
しかし,通常時も天使の扉が常に開放された状態だったにもかかわらずこれまで問題が生じなかったということであれば被告の主張も理解できるが,亡早亨(あるいは他の入所者)がこれまで無断外出をしなかったのは,天使の扉が閉まっており外出しようとしてもできなかったからにすぎない。本件事故当時に天使の扉は開いていたのであるから,被告の主張は重要な前提を欠いている。
(3)また,被告は,当日の経過を説明した上で,無断外出の上, A へ行きドーナツを無銭飲食して窒息することは,到底予測不可能と主張している(11頁19行目~12頁4行目)。
被告が当日の経過を細かく主張する趣旨は,要するに亡早亨がいなくなったことに気付いた施設職員はすぐに亡早亨の捜索を開始したが,短時間で亡早亨が窒息をしてしまったので間に合わなかったということのようである。
しかし,問題はそこではない。本当の問題は, SY 支援員がその場を離れた後,亡早亨を誰もみていない状況ができてしまったことと,そして,そのとき天使の扉が開いていたことである。本件の問題点を深く論じるのであれば,誰もみていない状況ができてしまったことについては, SY 支援員が声をかけた他の職員が具体的にどのような行動をとっていたのか,天使の扉が開いていたことについては,扉が開いていた理由や時間などを明らかにする必要がある。にもかかわらず,これらの問題点に触れることなく,亡早亨が無断外出した後の対応についていくら論じても意味がない。無断外出に気付いてからでは,いくら迅速に対応したとしても手遅れなのである。
また,被告の主張は予見可能性の意味を不当に狭めている。原告は,亡早亨の行く場所が「 A 」で,口に入れるのが「ドーナツ」であることまでの具体的な予見可能性を論じているわけではない。「食べ物のある場所」に行き「食べ物」を口に入れることについて予見可能性があったと主張しているのである。上述の通り,これまでの亡早亨の行動からすれば,無断外出をしてしまえば,それだけで亡早亨が食べ物のある場所に行き食べ物を喉につまらせてしまう高度の危険性があったのであり,被告にはその予見可能性は十分あった。
第4 まとめ
以上の通り,被告の主張は,何ら被告の責任を減免する理由にはならない。